親の退院が近づくと、病院の理学療法士から「トイレと玄関に手すりがあると安心です」と言われることがあります。工務店に電話する前に、ひとつだけ確かめておきたいことがあります。
介護保険の住宅改修は、手すりや段差の工事に使える制度です。ただし、工事の前に申請しないと費用は戻りません。手すりを家族が自分で取り付けた場合は、原則として材料費だけが対象です。この記事では、対象になる工事、戻る金額、申請の流れと書類を、2026年10月時点の公的な案内をもとに整理します。
先に結論:工事の前に申請、上限は20万円
この記事の結論
- いくら:工事費20万円までの7〜9割が戻ります。1割負担なら最大18万円です。
- いつ:工事の前に市区町村へ申請し、承認の通知を受けてから着工します。先に工事すると対象外です。
- どこへ:親が住む市区町村の介護保険の窓口です。最初の相談先はケアマネジャーか地域包括支援センターです。
介護保険の住宅改修とは:使える人・使えない人
住宅改修費の支給は、自宅を暮らしやすく直す小さな工事に、介護保険からお金が出る仕組みです。要介護の人だけでなく、要支援1・2の人も使えます。
対象は「住民票の住所にある家」です。子の家に一時的に身を寄せている場合などは、対象になりません。まずは次の表で、親が当てはまるかを確かめてください。
認定がまだの場合は、先に要介護認定の申請が必要です。窓口や結果が出るまでの日数は要介護認定の申請方法にまとめています。
対象になる工事は6種類:手すり・段差・床・扉・便器・付帯工事
介護保険で認められる工事は、国が6種類に決めています。どの工事も「本人の体の状態から見て必要か」が問われます。
対象にならない工事の例
同じ「バリアフリーのリフォーム」でも、次のような工事は介護保険の対象外です。見積もりの段階で業者と分けておくと、あとで慌てません。
- 階段昇降機・リフト・段差解消機など、動力で段差を越える機器の設置
- 家の新築や増築(増築で部屋を足す工事を含む)
- 汲み取り式から水洗式に切り替える工事
- 扉を自動ドアにする場合の動力部分
介護保険で手すりを付ける費用と、自分で取り付ける場合
手すりも、上限20万円・自己負担1〜3割の住宅改修として使えます。業者に頼む場合も、自分で取り付ける場合も、工事の前に申請が必要です。本人や家族が自分で取り付けると、対象は原則として材料費だけになります。
| 付け方 | 介護保険の対象になる費用 | 工事前の申請 |
|---|---|---|
| 業者に取り付けを頼む | 材料費と工事費(手すりのための壁の下地補強も含む) | 必要 |
| 本人や家族が自分で取り付ける | 原則、材料の購入費だけ(工賃は対象外) | 必要 |
| 工事をしない置き型・突っ張り型の手すり | 住宅改修ではなく、福祉用具のレンタルの対象 | ケアマネジャーに相談 |
手すりの費用の目安と自己負担
手すりの工事費は、長さや付ける場所、壁の補強が要るかで変わります。国や市区町村が決めた相場はないため、金額は見積書で確かめます。自己負担は、工事費のうち負担割合の分です。
| 工事費(計算の例) | 1割負担 | 2割負担 | 3割負担 |
|---|---|---|---|
| 3万円 | 3,000円 | 6,000円 | 9,000円 |
| 5万円 | 5,000円 | 1万円 | 1万5,000円 |
| 10万円 | 1万円 | 2万円 | 3万円 |
償還払いの場合は、いったん全額を払い、あとで7〜9割が戻ります。手すりで20万円を使い切らなければ、残りは段差などのあとの工事に回せます。
自分で取り付けるときに気をつけること
- 材料を買う前に、ケアマネジャーに相談して事前申請をします。愛西市は「本人や家族が取り付ける場合は材料費のみが支給対象」と案内しています。
- 自分で付けた分の工賃は、戻ってきません(瀬戸市の手引き)。
- 出す書類は市区町村で違います。材料の領収書や写真の扱いは、窓口で先に聞いておきます。
- 手すりには体重がかかります。壁の中の柱や下地にしっかり固定できるか不安なときは、業者に頼む方が安心です。
いくら戻るか:上限20万円と自己負担1〜3割
上限は、要支援か要介護か、どの介護度かに関係なく、1人20万円です。この20万円のうち、本人の負担割合(1〜3割)を除いた分が戻ります。
20万円を超えた分は、全額が自己負担です。たとえば1割負担の人が30万円の工事をすると、戻るのは18万円で、自己負担は12万円になります。
20万円は1回で使い切る必要はありません。上限の範囲なら、何回かに分けて使えます(船橋市など)。負担割合が何割かは、毎年届く「介護保険負担割合証」で確かめられます。割合の決まり方は介護保険の2割負担の判定基準で整理しています。
もう一度20万円まで使える2つの場合
20万円の枠は原則1人1回です。ただし、次の2つの場合は、もう一度20万円まで使えます。
- 転居したとき:新しい住所の家で、改めて20万円まで使えます。
- 介護度が3段階以上上がったとき:最初に住宅改修をした時点と比べて数えます。この再利用は1回限りです。
3段階の数え方では、要支援2と要介護1は同じ段階として扱います。目安は次の表のとおりです。
親の預金や自宅のことも、元気なうちに整理しておきたい方は、3分でできる相続対策診断で確かめられます。
申請の流れと必要書類
手続きは「工事の前」と「工事の後」の2回、書類を出します。流れは多くの市区町村で次のとおりです。
- ケアマネジャーに相談する(要支援の人は地域包括支援センター)。
- 工事業者に家を見てもらい、見積書と図面を作ってもらう。
- ケアマネジャーなどに「住宅改修が必要な理由書」を書いてもらう。
- 市区町村の介護保険の窓口へ、工事前の申請書類を出す。
- 承認(確認)の通知が届くのを待つ。船橋市では目安2週間ほどです。
- 通知が届いてから工事を始め、完成させる。
- 業者に代金を払い、本人あての領収書をもらう。
- 工事後の書類を窓口へ出す。
- 指定した口座に振り込まれる。船橋市は書類提出の翌月下旬、大垣市は翌月の最終金曜日です。
工事の前に出す書類
- □ 住宅改修費の支給申請書(市区町村の様式)
- □ 住宅改修が必要な理由書(ケアマネジャーなどが作成)
- □ 工事費の見積書(材料費と工事費を分け、数量と単価を書いたもの)
- □ 完成後の様子が分かる図面や写真
- □ 工事前の写真(撮影日が写っているもの)
- □ 家の持ち主の承諾書(本人が持ち主でない場合)
- □ 介護保険の被保険者証、負担割合証(求める市区町村がある)
工事の後に出す書類
- □ 領収書(本人あての原本)
- □ 工事費の内訳書
- □ 工事後の写真(工事前と同じ角度で、撮影日が写っているもの)
- □ 支給申請書または完了届(市区町村により名前が違う)
- □ 振込先の口座が分かるもの(本人以外の口座なら委任状)
理由書を書ける人は、市区町村で違います。所沢市はケアマネジャーのほか、作業療法士や理学療法士、福祉住環境コーディネーター2級以上も認めています。大垣市はケアマネジャーと地域包括支援センターの職員に限っています。作成費用の自己負担はないと案内する市もあります(広島市)。
償還払いと受領委任払いの違い
お金の払い方は2通りあります。どちらが選べるかは市区町村で違います。
- 償還払い:いったん工事費の全額を業者に払い、あとで7〜9割が戻ります。業者は自由に選べます。
- 受領委任払い:本人は1〜3割だけを業者に払い、残りは市区町村から業者へ直接払われます。市区町村に登録した業者に限られます。
名古屋市、東京都中央区、船橋市、広島市、北九州市は、どちらの方法も案内しています。入院・入所中の人は受領委任払いを使えないとする市もあります(広島市・所沢市)。手元のお金が少ないときは、受領委任払いができるか窓口で聞いてみてください。
やってはいけない順番と、申請の期限
よくある失敗は、工事を先に済ませてしまうことです。工事の前に申請し、承認の通知を受けてから着工する。この順番が制度の基本です。
- 工事をしてから申請する → 対象外です。北九州市は「申請前に着工された工事は給付の対象外」と明記しています。
- 申請はしたが、通知の前に着工する → 対象外になります(広島市・大垣市など)。
- 承認のあとで工事の中身を変える → 届け出をしないと、給付の一部または全部が受けられないことがあります(船橋市)。
- 要介護認定より先に工事をする → 認定がない間は使えません。申請中の扱いは市区町村に確かめてから進めます。
工事後の請求は2年以内
償還払いでは、工事後の書類を出して初めてお金が戻ります。この請求には時効があり、大垣市は「時効は2年、起算日は代金の支払日(領収日)」と定めています。
2年を過ぎると、承認を受けた工事でも払い戻しを受けられなくなります。工事が終わったら、領収書と写真がそろった時点で早めに出しておくと安心です。
損しやすい5つの点
工事前の写真を撮り忘れる
工事前の写真は、撮影日が写ったものを求める市区町村が多くあります。中央区は、段差ならメジャーを当てた写真まで求めています。工事が始まると撮り直せません。
見積書が「一式」になっている
大垣市は、数量が「一式」だけの見積書を受け付けないとしています。材料費と工事費を分け、どこに何を付けるかが分かる書き方を業者に頼んでおきます。
退院を待たずに工事して、退院できなかった
入院中に工事の準備をすること自体はできる場合があります。ただ、退院できなくなったときは支給されず、全額が自己負担になります(広島市・新座市)。
対象外の工事とまとめて見積もる
浴室全体のリフォームなどと一緒に頼むと、対象の工事との区別があいまいになります。見積書の中で、介護保険の対象分を分けて書いてもらうと審査で迷われにくくなります。
ほかの補助を見落とす
20万円を使い切ったあとでも、市区町村独自の住宅改造の助成がある場合があります(船橋市の高齢者住宅改造資金など。条件は自治体ごとに別)。介護で使えるほかのお金は介護保険で使える補助金・助成金まとめにまとめています。
なお、住宅改修費は在宅サービスの1か月の利用限度額とは別枠です(東京都中央区の案内)。デイサービスなどの枠を削らずに使えます。
今日できる一歩
- 親の介護保険の被保険者証と負担割合証がどこにあるか確かめる。
- ケアマネジャーか地域包括支援センターに「住宅改修を考えている」と伝える。
- 手すりを付けたい場所や段差を、撮影日が残る設定で写真に撮っておく。
よくある質問
賃貸住宅でも手すりを付けられますか
付けられます。家の持ち主(大家さん)の承諾書を、工事前の申請書類に添えます。退去時の原状回復の扱いは、あらかじめ大家さんと話しておくと安心です。
階段昇降機は対象になりますか
対象外です。昇降機やリフト、段差解消機のように動力で段差を越える機器の設置は、住宅改修として認められていません(所沢市の案内など)。
20万円を2回に分けて使えますか
使えます。たとえば先に玄関の手すり、あとから浴室の段差、という分け方ができます。そのたびに工事前の申請が必要です。
介護保険の手すりは、自分で取り付けても補助が出ますか
出る場合があります。本人や家族が自分で取り付けたときは、原則として材料の購入費だけが対象で、工賃は対象外です。業者に頼むときと同じく、材料を買う前に事前申請が必要です。扱いや書類は市区町村で違うため、先に窓口かケアマネジャーに確かめてください。
親が施設に移ったら、もう使えませんか
施設に住んでいる間は使えません。自宅に戻る予定がはっきりしている場合は、工事前に市区町村へ相談すると対象になる場合があります。自宅に住み続けるか住み替えるかの考え方は、高齢者の住み替え費用の記事も参考になります。
申請は家族が代わりにできますか
代理での提出や郵送ができるか、本人の署名をどう扱うかは、市区町村の様式の説明で確かめてください。名古屋市は窓口のほか電子申請も案内しています。
手すりの工事で、介護保険の対象外になるのはどんなときですか
よくあるのは次の場合です。まず、工事をせずに置くだけ・突っ張るだけの手すりは、住宅改修ではなく福祉用具のレンタルの品目になります。申請の前や、承認の通知が届く前に付けた手すりも対象外です。住民票の住所と違う家の工事や、新築・増築に合わせた工事も認められません。また、本人の体の状態から見て必要かが問われるため、どこで何に困っているかを、ケアマネジャーの理由書に書いてもらいます。置き型の手すりの借り方は、福祉用具のレンタルと購入の違いで整理しています。
参考にした公的情報
- 厚生労働省「介護保険における住宅改修」
https://www.mhlw.go.jp/general/seido/toukatsu/suishin/dl/07.pdf - 名古屋市 介護保険の住宅改修の案内
https://www.city.nagoya.jp/kenkofukushi/koureisha/1016500/1011160/1034412.html - 北九州市「介護保険住宅改修費の支給」
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/contents/16800539.html - 広島市「介護保険の住宅改修費」
https://www.city.hiroshima.lg.jp/site/kaigo/2380.html - 船橋市「住宅改修費の支給制度」
https://www.city.funabashi.lg.jp/kenkou/kaigo/004/p056497.html - 愛西市「住宅改修Q&A」
https://www.city.aisai.lg.jp/cmsfiles/contents/0000001/1076/juutakukaishu.pdf - 瀬戸市「住宅改修費支給の手引き」
https://www.city.seto.aichi.jp/docs/2010/11/10/01173/files/shitebiki.pdf - 大垣市「住宅改修費支給申請の取扱いについて」
https://www.city.ogaki.lg.jp/cmsfiles/contents/0000049/49107/jukai.pdf
※本記事は2026年10月時点の公的機関の公開情報をもとにした一般的な整理です。対象工事の判断、書類、払い方、期限は市区町村で異なることがあります。手続きは申請先の最新の案内でご確認ください。
本記事はFP(ファイナンシャル・プランナー)・生命保険募集人 門田 博之監修のもと、一般的な情報提供を目的として作成しています。個別の税額の計算や法的な判断は、税理士・弁護士などの専門家にご確認ください。
