相続放棄の申述書を書き始めて、「放棄の理由」の欄で手が止まった。借金が多いからと書いてよいのか。親とは長く疎遠で、正直に言えば関わりたくないだけ。そう書いて大丈夫なのか。こうした迷いはとても多いです。
先に答えを言うと、理由の欄は、書式にある選択肢から当てはまる番号に○を付けるのが基本です。どれにも当たらなければ「その他」を選び、事実を短く書きます。この記事では、裁判所の申述書(成人)の選択肢、ケース別の記入例6つ、「関わりたくない」の書き方、照会書で聞かれたときの備えを、2026年10月時点の裁判所の書式と案内をもとに整理します。
先に結論:理由欄は番号に○。当てはまらなければ「その他」に事実を短く
この記事の結論
- 書き方:申述書の「放棄の理由」は、6つの選択肢から当てはまる番号を○で囲みます。借金が多いなら「債務超過のため」、疎遠などで当てはまらなければ「その他」に一言書きます。
- 関わりたくない場合:民法は、相続放棄に特定の理由を求めていません(民法938条)。疎遠で関わりたくないという事情は、「その他」に事実として短く書けば足ります。
- うそは書かない:家庭裁判所は、書面での照会や聴き取りで事情を確かめることがあります。申述書と答えが食い違わないよう、事実をそのまま書き、写しを手元に残します。
申述書をどこの家庭裁判所に出すかは相続放棄 家庭裁判所はどこ?、郵送で出す手順は相続放棄を郵送でする手順にまとめています。この記事は「理由の欄に何を書くか」に絞ります。
申述書の「放棄の理由」欄の選択肢(裁判所の書式)
裁判所の「相続放棄申述書(成人)」には、「申述の理由」という欄があります。そこに「相続の開始を知った日」「放棄の理由」「相続財産の概略」の3つを書きます。書式の指示は「当てはまる番号を○で囲み」です。放棄の理由の選択肢は次の6つです。
選択肢の中に「正しい理由」と「まちがった理由」があるわけではありません。民法938条は、放棄する人は家庭裁判所に申述しなければならない、と定めているだけで、理由の中身は求めていません。理由の欄は、家庭裁判所に事情を伝えるための欄と考えると書きやすくなります。
理由と一緒に書く「相続の開始を知った日」と「相続財産の概略」
同じ「申述の理由」の欄には、ほかに2つの記入箇所があります。理由と食い違わないように、まとめて書きます。
「知った日」から3か月の数え方は、相続放棄の期限3か月はいつから?で例を挙げて説明しています。
相続放棄の理由の記入例6つ(ケース別)
多くの場合、番号に○を付けるだけで足ります。「その他」を選ぶときや、事情を一言添えたいときの書き方を、よくあるケースごとに文例にしました。文例は自分の事実に合わせて書きかえてください。ケース4の「関わりたくない」は、次の章でくわしく説明します。
ケース1:借金が多い(債務超過のため)
督促状やカードの請求書から、借金が預金より多いと分かったときは、5に○を付けます。借金の全体がまだつかめていなくても、多いと見込まれるなら選んでかまいません。相続財産の概略の「負債」の欄には、分かっている額のおおよそを書きます。
借金があるかどうか分からない段階なら、先に調べます。信用情報機関への開示請求で、ローンやカードの借入れを確かめられます。手順は親の借金の調べ方にまとめています。
ケース2・3:生活が安定している/遺産が少ない
借金はないけれど、自分は遺産を必要としない。遺産が少なく、手続きに加わる必要を感じない。こうした場合は2か3に○を付けます。補足は要らないことがほとんどです。
ひとつ気をつけたいのは、遺産が少ないと思っていても、後から借金が見つかることです。放棄は一度受理されると撤回できません(民法919条1項)。逆に、放棄しないまま3か月が過ぎると、後から見つかった借金も引き継ぐのが原則です。決める前に、郵便物や通帳の引き落としで借入れがないかを一度確かめておくと安心です。
ケース5:ほかの相続人に任せる(遺産を分散させたくない)
実家を母にまとめたい、家業を継ぐ兄に任せたい、という場合は4に○を付けます。ただし、この目的なら、家庭裁判所での相続放棄ではなく、家族の話し合い(遺産分割協議)で「自分は受け取らない」と決める方法もあります。
2つの違いは、借金の扱いです。話し合いで受け取らないと決めても、借金の支払い義務からは外れません。家庭裁判所で放棄すれば、初めから相続人でなかったことになります(民法939条)。どちらが合うかは「相続放棄してほしい」と言われたらで比べています。
もう一つ、放棄すると相続の権利がほかの人に移る点も知っておきます。子の1人が放棄すれば、ほかの子の取り分が増えます。子の全員が放棄すると、親、次に兄弟姉妹へと順番が回ります。流れは相続放棄はどこまで続く?で早見表にしています。
ケース6:生前にお金をもらった(生前に贈与を受けている)
家を買うときの援助や、まとまった学費などを生前にもらっていて、これ以上は受け取らないと考える場合は1に○を付けます。もらった額を細かく書く必要はありません。
「関わりたくない」と書いてもいい?書き方と注意点
親と長く疎遠だった。きょうだいとの関係が悪く、相続の話し合いに加わりたくない。こうした理由で放棄する人は少なくありません。この場合は6の「その他」を選び、かっこ内に事情を書きます。先に書いたとおり、民法は放棄に特定の理由を求めていません。疎遠であることを書いても差し支えはありません。
書き方のコツ:気持ちより事実を、短く
かっこ内は狭いので、1〜2行に収めます。気持ちを長く書くより、疎遠の期間や連絡の有無といった事実を書くほうが伝わります。
家族への不満や相手を責める言葉は、書かなくてかまいません。理由の欄は事情を伝える場所で、気持ちをぶつける場所ではないからです。書いたことは照会書で聞かれることもあるので、自分で説明できる範囲にとどめます。
疎遠な人ほど気をつけたい3つのこと
- 期限は「知った時」から3か月。亡くなったことを後から知った場合は、その知った日を「相続の開始を知った日」に書きます。亡くなった日から3か月を過ぎているときは、いつ知ったかを示す書面(届いた通知の写しなど)を求められることがあります。
- 遺品や預金に手をつけない。関わりたくないからと、頼まれるまま遺品を処分したり、預金を引き出したりすると、相続を受け入れたとみなされることがあります(民法921条1号)。
- 次の順位の人に回る。自分が放棄すると、親の兄弟姉妹など、さらに疎遠な親族が相続人になることがあります。知らせるかどうかは、次の順位の人の事情も考えて決めます。
正直に書く理由と、照会書への備え
申述書を出した後、家庭裁判所は内容を確かめます。名古屋家庭裁判所の案内では、審理の方法として、書面での照会、参与員による聴き取り、審問が挙げられています。多くの人が受け取るのが、質問が書かれた「照会書(回答書)」です。
照会書の質問の中身は、家庭裁判所や事情によって違います。ただ、受理にかかわる大事な点は共通です。本人の意思で放棄するのか、3か月の期限内か(民法915条)、遺産を処分していないか(民法921条)です。申述書に書いた理由や知った日と、照会書の答えが食い違わないようにしておきます。
うそや誇張を書かない方がよい理由
- 答えが食い違うと、確かめる手間が増える。照会書や審問で事情を聞かれたとき、申述書と違う説明になると、追加で確認を受けるおそれがあります。
- 財産を隠すと、放棄した後でも単純承認になることがある。放棄した後でも、遺産を隠したり、ひそかに使ったりすると、相続を受け入れたとみなされることがあります(民法921条3号)。
- 理由を飾る必要がない。どの理由でも放棄できるので、事実と違う理由に寄せる意味はありません。迷ったら、事実をそのまま「その他」に書きます。
照会書が届く前に、手元にそろえておくもの
照会書は、指示された期日までに返送します。受理されると受理通知書が届きます。名古屋家庭裁判所の案内では、受理されなかったときは2週間以内に不服を申し立てられます。照会書の答え方に迷うときは、司法書士や弁護士に相談してください。
ご家族の構成や財産で答えが変わるところは、30分の無料相談で、書類を見ながら一緒に整理できます。愛知県内はご自宅への訪問もできます。その場で何かをお決めいただく必要はありません。
理由欄で迷いやすい点
- 当てはまる理由が2つある。書式の指示は「当てはまる番号を○で囲み」です。事実に合うものを選びます。迷うときは、一番大きな理由に○を付け、ほかは「その他」に一言添える書き方もあります。
- 家族みんなで同じ理由にしようとする。申述書は放棄する人1人につき1通です。理由はそれぞれの事情で選びます。
- 理由で受理が決まると思い込む。受理にかかわるのは、期限や遺産の処分の有無などです。理由を難しく考えすぎて、期限に遅れないようにします。
- 相続財産の概略を空欄にする。分かる範囲のおおよそでかまいません。全く分からないときは、分からない事情を理由の欄に書いておくと、照会書で説明しやすくなります。
今日できる一歩
裁判所のサイトから「相続放棄申述書(成人)」と記入例を印刷し、上の表で自分に当てはまる番号に鉛筆で印を付けてみる。「その他」を選ぶなら、かっこ内に書く一文をメモに下書きしておきます。あわせて、亡くなったことを知った日をカレンダーで確かめます。
親の預金や自宅のことも、元気なうちに整理しておきたい方は、3分でできる相続対策診断で確かめられます。
よくある質問
相続放棄の理由によって、認められないことはありますか
民法は、放棄に特定の理由を求めていません(民法938条)。一方で、3か月の期限を過ぎていたり、遺産を処分していたりすると、受理されないことがあります(民法915条・921条)。理由の書き方より、期限と遺産の扱いに気をつけてください。
「関わりたくない」と書くと印象が悪くなりませんか
疎遠であることは、放棄の事情としてそのまま書いてかまいません。「長年交流がなく、相続に関わる意思がないため」のように、事実を短く書けば十分です。相手を責める言葉は要りません。
相続放棄の理由の記入例は、どこで見られますか
裁判所のサイトの「相続の放棄の申述書(成人)」のページに、書式と記入例があります。この記事のケース別の文例もあわせて使ってください。申述書全体の書き方で迷う点は、申述先の家庭裁判所の家事受付に聞けます。
照会書で理由を聞かれたら、どう答えればよいですか
申述書に書いたことと同じ内容を、自分の言葉で答えます。申述書の写しを見ながら書くと食い違いを防げます。家族に代わりに書いてもらうのではなく、放棄する本人が答えます。
借金があるかどうか分からないまま、放棄の理由を書けますか
借金の見込みがあれば「債務超過のため」、分からないことが理由なら「その他」に事情を書けます。調べる時間が足りないときは、3か月のうちに家庭裁判所へ期間の伸長を申し立てる方法もあります(民法915条1項ただし書)。
きょうだいで別々の理由にしてもよいですか
かまいません。申述書は1人1通で、それぞれの事情で理由を選びます。きょうだいで同時に出すときも、亡くなった方の戸籍など共通の書類は1通で足ります。
参考にした公的情報
- 裁判所「相続の放棄の申述書(成人)」(書式・記入例)
https://www.courts.go.jp/saiban/syosiki/syosiki_kazisinpan/syosiki_01_13/index.html - 裁判所「相続の放棄の申述」
https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_13/index.html - 名古屋家庭裁判所「相続放棄の申述」案内資料
https://www.courts.go.jp/nagoya-f/vc-files/nagoya-f/04kajibu/05/02souzokuhouki.pdf - e-Gov法令検索「民法」(915条・919条・921条・938条・939条)
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
※本記事は2026年10月時点の裁判所の書式と公的機関の公開情報をもとにした一般的な整理です。書式の文言や家庭裁判所の運用は変わることがあります。照会書の内容や受理の判断は事案ごとに家庭裁判所が行います。期限が迫っている場合や事情が複雑な場合は、司法書士・弁護士にご相談ください。
本記事は司法書士 今井 裕司(愛知第1112号/簡裁認定 第118116号)監修のもと、一般的な情報提供を目的として作成しています。個別の事情による判断は、専門家にご確認ください。
