相続において、財産が現金のみというケースは珍しくありません。多くの方が「現金の相続は簡単でトラブルが少ないのでは?」と考えるかもしれません。
しかし、現金のみの相続にも独特の注意点や、知っておくべきメリット・デメリットが存在します。実は、現金だからこそ発生する問題や、他の財産との違いから生じる利点があるのです。
現金だけの相続でつまずく場所は、だいたい決まっています。相続税の申告が要るかどうかの線引き、凍結された口座を解約するための戸籍集め、そして受け取った直後のお金の置き場所です。この記事では、その3つを順に片づけます。
先に結論:現金だけでも、まず基礎控除で線を引く
相続税がかかるかどうかの分かれ目
※2026年8月時点の一般的な取扱いです。配偶者の税額軽減などの特例を使う場合は、税額がゼロでも申告が必要です。法定相続人の数え方には養子の人数制限などの例外があります。
最初に引くのは、税金がかかるかどうかの線です。財産の合計が基礎控除以下なら、原則として相続税の申告はいりません。超える場合は、亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内に申告と納税が必要です。
現金のみの相続における基本的な手続き
現金だけの相続でも、やることの順番は不動産がある場合と変わりません。相続人を戸籍で確定し、いくらあるかを確定し、分け方を決め、口座を解約して各自へ振り分ける。違うのは、評価額でもめる余地がないぶん、話がまとまれば早いという点です。
現金の相続手続きの流れ
相続手続きは、被相続人が亡くなった後、以下のような流れで進められます。
- 死亡届の提出: 亡くなったことを知った日から7日以内に役所へ届け出ます。相続そのものは死亡した時点で始まっており、届出は火葬許可や各種手続きの入口になります。
- 遺言書の確認: 遺言書があれば、原則としてその内容が優先します。遺言書がない場合は相続人全員の話し合い(遺産分割協議)で決めます。法定相続分はあくまで目安で、全員が合意すれば違う割合でも構いません。
- 相続人の確定: 相続人を特定し、誰がどれだけの割合を相続するかを決定します。
- 相続財産の評価と分割: 相続財産を評価し、現金の場合はその額を確認した上で、相続人間で公平に分割します。
現金の分割は、亡くなった方の口座を解約し、各相続人の口座へ振り込むことで完了します。ここが実際にいちばん時間のかかる工程で、必要な戸籍が揃わないまま窓口へ行って出直しになるのがよくあるつまずき方です。
凍結された口座を解約する、今日の一歩
どこへ行くか・どこへ連絡するか
口座のある金融機関へ電話するか、Webの相続手続きページから「相続の手続きをしたい」と連絡し、必要書類の案内と提出先(支店窓口か相続専用のセンターか)を確認します。戸籍は本籍地の市区町村役場の戸籍担当課で取りますが、2024年3月からは最寄りの市区町村の窓口でまとめて請求できる広域交付が使えます(請求できるのは本人・配偶者・父母や祖父母・子や孫の分まで。兄弟姉妹の戸籍は対象外で、本籍地への請求が必要です)。
持って行くもの
亡くなった方の出生から死亡までの戸籍謄本一式/相続人全員の現在の戸籍謄本/相続人全員の印鑑登録証明書/遺産分割協議書、または金融機関所定の相続届に相続人全員が実印を押したもの/通帳・キャッシュカード・証書/手続きに行く人の本人確認書類。必要書類の範囲と有効期限の扱いは金融機関により異なるため、案内された一覧に沿って揃えてください。
窓口で伝える3点
- 名義人が亡くなった日(残高証明書もこの日付で発行してもらう)
- 相続人が何人いるか(全員の同意で手続きするのか、遺言書があるのか)
- 受け取り方(代表者が一括で受け取るのか、各相続人の口座へ直接振り分けてもらうのか。後者にしておくと、分けた後の言い分の食い違いが起きにくくなります)
全員の署名が揃わない・お金が先に要るとき
遺産分割がまとまる前でも、相続人が単独で払い戻せる仮払いの仕組みがあります。金額は「その口座の相続開始時の残高×3分の1×その相続人の法定相続分」までで、同じ金融機関からは合計150万円が上限です。葬儀費用や当面の生活費に足りない場合は、家庭裁判所へ仮分割の仮処分を申し立てる方法もあります。
期限
口座解約そのものに期限はありませんが、相続税の申告と納付は、亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です。申告が要る規模なら、この10か月から逆算して戸籍集めを始めてください。
現金のみの相続で気をつける2点
現金相続には、他の財産を相続する場合と異なる特有の注意点があります。そもそも相続財産自体が少ない場合は特段注意する必要性は低いですが、多額の現金がある場合は下記の点に注意してください。
他に資産が埋もれていないか確認する
多額の現金が残されている場合、「他にも資産が出てきた」ということになりやすい傾向があります。銀行、証券、保険などの金融商品もどこの会社のどの口座かというような情報がなければ照会することはできません。
一般的に考えて多額の現金を残すためには労働所得のみでは制度上難しく、現金以外の資産をお持ちであった可能性は高いですし、高齢で認知能力に支障が出てくるとどこにどれだけの資産があるのか本人もよく覚えていないことは日常茶飯事です。
もし、それらの金融資産が埋もれていた場合、再度、遺産分割を行ったり修正申告をかける必要が出てきたりかなりめんどくさい手続きが必要になります。
⚠️ 現金以外の資産が埋もれていないか要確認
多額の現金が残されている場合、銀行・証券・保険などの金融資産が後から見つかるケースが少なくありません。埋もれていた資産が出てくると、遺産分割のやり直しや相続税の修正申告が必要になることがあります。
不動産を使った節税策が使えない
相続時には、配偶者の住まいを保護する目的から不動産の優遇制度がいくつか存在します。しかし、現金のみの相続においてはこうした特例や制度は使えなくなってしまいます。
現金だけで打てる手としては、生前贈与と生命保険の非課税枠があります。ただし暦年贈与は受け取る人1人あたり年110万円までが非課税で、2024年1月以降の贈与は相続開始前7年以内の分が相続財産に加算されます(従来は3年、延長分には経過措置があります)。少額ずつ動かす方法なので、効かせるには年数がいります。
即効性がある施策としては一時払い保険でこちらであれば、相続人の数×500万円が相続財産から控除されるため、仮に5000万円の財産があり、相続人が2人いる場合は相続税がかからない範囲内に収めることが可能です。
一時払い保険(生命保険)で控除される額の目安
500万円 × 法定相続人の数
例:財産5,000万円・相続人2人の場合、この控除の活用で相続税がかからない範囲に収められる可能性があります。
現金だけの相続のメリットとデメリット
急に多額の預金が入ると営業を受けやすい
多額の現金を相続した場合、その情報が外部に漏れることでターゲットになるリスクがあります。特に、相続後に預金額が急増する場合には、金融機関はその情報をすべて把握しているということになります。
相続後に口座の残高が大きく動くと、投資信託や保険の案内を受ける機会が増えます。案内そのものは通常の営業活動ですが、まとまった資金が入った直後は落ち着いて比べる時間が取りにくい時期でもあります。
その場で決めないことです。目的(使う予定があるのか、置いておくだけか)と時期(いつ必要になるか)を紙に書き出し、同じ条件で複数の選択肢を並べてから判断してください。相続税の納税や代償金に充てる予定のあるお金は、すぐ動かせる形で別に分けておきます。
現金のみ相続のメリット
✓ 分割が容易:同等の金額を分配でき、評価額をめぐる争いが起きにくい
✓ 評価が明確:価値が確定しており迅速かつ正確な相続税申告が可能
✓ 手続きが迅速:売却・換金が不要で、必要な資金をすぐ利用できる
現金のみ相続のデメリット
✕ インフレや金利変動で実質的な資産価値が減少するリスク
✕ 負担割合などをめぐり相続人間でトラブルになる可能性
✕ 預金額の急増により金融機関の営業を受けやすくなる
現金相続で避けたいトラブルと対策
現金相続には特有のトラブルが発生する可能性がありますが、事前に適切な対策を講じることで、これらを回避することができます。
多額の現金を受け取った直後にやること
最もよいのは信頼ができて、あなたのことを本当に思って判断してくれて金融に強い人間に相談ができることです。特に金融商品は高額なものが多いですし、その人の将来にかかわるので慎重に判断しないと後悔することになります。
適切な判断をするためには2点重要なことがあります。まず1つ目が自身で金融に関する知識をつけるということです。2点目が、セカンドオピニオンと言いますか、他の人にも意見を求めることです。
担当者によって提案の中身は変わります。最低限、その商品で「いつ・いくら受け取れるのか」「途中でやめたら元本はどうなるのか」の2点を必ず書面で確認してください。この2つに即答できない提案は、その場で決めないほうが無難です。
もめないための2つの手当て
ひとつは、生前に遺言書を作って分け方を書き残しておくこと。もうひとつは、遺産分割協議を相続人だけで進めず、司法書士や税理士に同席してもらうことです。現金は分けやすい反面、「誰がいくら受け取るか」が数字で見えるぶん、不公平感が表に出やすくなります。
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本記事は司法書士 今井 裕司(愛知第1112号/簡裁認定 第118116号)監修のもと、一般的な情報提供を目的として作成しています。個別の事情による判断は、専門家にご確認ください。
