親が施設に入った、実家に誰も住まなくなった、親の物忘れが増えてきた。こうしたときに出てくるのが「今のうちに実家の名義を自分に変えておいたほうがいいのでは」「いっそ売ってしまったほうがいいのでは」という考えです。
結論から言うと、名義を移すのは相続まで待つほうが税金は安く、売るのは親が生きているうちのほうが有利になることが多い——という、少しねじれた答えになります。この記事では、実家の処分を考えている子世代の方に向けて、名義変更と売却を分けて、かかる税金と使える特例の期限を並べます。数字は2026年9月時点で確認したものです。
先に結論:名義を「生前に移す」と、登記の税金は5倍になる
ただし「では相続まで待とう」で終わりではありません。親の判断能力が落ちると、名義を移すことも売ることもできなくなります。そして売却については、親が生きているうちのほうが使える控除が大きいことがあります。名義変更と売却は別の話として考えてください。
生前の名義変更は「贈与」——かかる税が3つに増える
親が元気なうちに実家の名義を子に変えることは、お金のやり取りがなければ贈与です(対価を払えば売買になり、また別の話になります)。贈与として名義を移すと、相続で受け継ぐ場合にはかからない税が加わります。
見落とされがちなのが表の4行目、小規模宅地等の特例です。これは、亡くなった方が住んでいた宅地を相続する場合に、一定面積まで評価額を大きく下げられる制度で、相続税の額に強く効きます。ところが生前に贈与してしまうと、その土地は「相続で取得した宅地」ではなくなるため、この特例の対象から外れます。相続税がかかる規模のご家庭では、生前に名義を移したことで、かえって全体の税負担が増えることがあります。
つまり、「相続で家族がもめないように、今のうちに名義を移しておく」という理由だけで贈与するのは割に合いません。誰に承継させるかを決めたいだけなら、遺言書のほうが費用も税も軽くて済みます。
相続時精算課税の使いどころ
それでも生前に名義を移したい事情があるとき、贈与税を抑える手として使われるのが相続時精算課税です。60歳以上の父母・祖父母から18歳以上の子・孫への贈与について、累計2,500万円までは贈与税がかからず(超えた分は一律20%)、2024年からは年110万円の基礎控除も加わりました。
評価額2,500万円以内の実家であれば、贈与税を出さずに名義を移せます。ただし次の3点は変わりません。
- 登録免許税2.0%と不動産取得税は、通常どおりかかります。
- 贈与した不動産は、相続のときに贈与時の価額で相続財産に加算されます。相続税そのものが消えるわけではありません。
- 小規模宅地等の特例は使えません。
向いているのは、これから値上がりが見込める不動産(贈与時の低い価額で固定できる)や、収益を生む物件(家賃収入を早く子に移せる)です。何も生まない実家をただ移すだけであれば、税の面での利点は限られます。一度選ぶとその贈与者からの贈与は暦年課税に戻せないので、選ぶ前に税理士の試算を取ってください。制度の中身は生前贈与のやり方|110万円の非課税を正しく使う手順で整理しています。
売るなら、親が生きているうちか、相続後か
売却は、名義変更とは逆の結論になることがあります。判断を分けるのは、売った利益(譲渡所得)から3,000万円を引ける特例を、誰が使えるかです。
親が生きているうちに売る場合
マイホームを売ったときの3,000万円特別控除は、その家に住んでいた本人が売ることが条件です。実家に住んでいるのは親なので、要件を満たすのは親本人です。親名義のまま親が売れば、利益から3,000万円を引けます。
ここで先に名義を子へ移してしまうと、売主は子になります。子はその家に住んでいないので、3,000万円控除は使えません。名義変更と売却の順番を間違えると、3,000万円の控除がまるごと消えるということです。
もうひとつ。親から子へ売る(親子間売買)形にしても、この控除は使えません。配偶者や直系血族など特別の関係がある人への売却は、控除の対象外とされているためです。
なお、親がすでに施設に入っていて実家が空いている場合でも、住まなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売れば、この控除は使えます。施設入所から時間が経っているご家庭は、この期限が先に来ることがあります。
相続後に売る場合
相続してから売る場合にも、使える特例が2つあります。ただしどちらも期限が短く、要件も細かいので、あてにするなら先に確認が必要です。
・昭和56年5月31日以前に建てられた家(区分所有建物を除く)
・相続開始の直前に、被相続人がひとりで住んでいたこと
・相続後、貸したり住んだり事業に使ったりしていないこと
・売却代金が1億円以下
・耐震基準を満たすように改修するか、家を取り壊すこと(売った年の翌年2月15日まででも可)
・相続開始から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売ること
・適用期限は2027年(令和9年)12月31日までの譲渡
空き家の特例は、要件が多いぶん外れやすい制度です。とくに「昭和56年5月31日以前の建築」「相続後に人を住まわせていないこと」の2つで落ちるケースが目立ちます。相続後に子が一時的に住んだ、荷物置き場として貸した、というだけで使えなくなります。相続後の売却の流れは相続した家の売却手順にまとめています。
親の判断能力が落ちると、売ることも名義を移すこともできなくなる
ここまでの話には、大きな前提があります。名義変更も売却も、親本人の意思がなければできないということです。
不動産の売買契約も贈与契約も、契約である以上、親に判断能力(意思能力)が必要です。認知症が進んで意思の確認が取れなくなると、司法書士が登記を受けられず、不動産会社も契約を進められません。預金が引き出せなくなる口座凍結と、まったく同じ構図です(認知症による口座凍結)。
実家の処分でいちばん多い後悔は、税金の選び間違いではなく、この「決められる時期を過ぎてしまった」というものです。親が元気なうちに、売るのか・貸すのか・誰が引き継ぐのかを話しておくだけで、選べる幅が変わります。実家を売る・貸す・住み続ける、どう選ぶ?判断基準を徹底比較もあわせてご覧ください。
家族信託という選択肢
「名義は移したくないが、親が動けなくなったときに実家を売れる状態にしておきたい」。この要望に応えるのが家族信託(民事信託)です。親を委託者、子を受託者として実家を信託しておくと、登記上の名義は子に移りますが、利益を受ける権利(受益権)は親に残ります。
- 受益権が親のままなので、信託した時点では贈与税はかかりません(受益者を子にすると贈与になります)。
- 親の判断能力が落ちたあとも、受託者である子が売却できます。家庭裁判所の許可は要りません。
- 信託の登記には登録免許税がかかり、契約書の作成や公正証書化にも費用がかかります。相続時に受益権が相続財産になる点も変わりません。
万能ではなく、設計を誤ると使えない信託になります。費用と手間に見合うかは家庭によります。判断材料は家族信託のデメリットで整理しています。
実家と資産の状況から、贈与・遺言・信託のどれが合うかの目安は、相続税・生前対策かんたん診断(無料・登録不要・1分)で確認できます。
よくある質問
親から相場より安く買えば、贈与税はかかりませんか。
かかることがあります。著しく低い価額で財産を譲り受けた場合、時価との差額が贈与とみなされます。親子間で「固定資産税評価額で売買した」という形にしても、時価と大きく離れていれば差額に贈与税がかかります。売買にするなら、価格の根拠(不動産会社の査定など)を残してください。
共有名義にしておけば、あとで楽になりますか。
逆に難しくなることが多い形です。売却には共有者全員の同意が必要なので、そのうちの1人が認知症になったり、亡くなってその持分がさらに分かれたりすると、身動きが取れなくなります。持分を贈与した時点で贈与税と登録免許税もかかります。分けるなら、売って現金にしてから分けるほうが確実です。
相続登記をしていない古い名義のままです。売れますか。
そのままでは売れません。祖父母など前の世代の名義のままであれば、まず相続登記を済ませる必要があります。世代をまたぐほど相続人が増えて手続きが重くなります。相続登記は2024年から義務化されており、放置すると過料の対象になる場合があります。まず実家の名義、誰のものか確認する方法で現状を確かめてください。
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本記事の制度・数値は2026年9月時点のもので、国税庁タックスアンサー(No.3267/No.3302/No.3306/No.4103/No.4152/No.4408/No.7191)および愛知県の不動産取得税の案内を確認して作成しています。不動産取得税は都道府県税のため、税率や軽減の取り扱いは自治体の案内でご確認ください。税制は改正されることがあり、特例の適用可否は個別の事情で変わります。実際の判断にあたっては、税理士・司法書士など専門家にご相談ください。