「毎年110万円までなら贈与税はかからない」。ここまではご存じの方が多いところです。ところが実際に相続が起きたとき、税務署から「これは贈与ではなく、亡くなった方の預金です」と指摘され、10年分渡してきたお金がまとめて相続財産に戻されることがあります。渡した金額は正しくても、渡し方が抜けていたからです。
この記事は、親から子や孫へ毎年お金を渡している(これから渡そうとしている)ご家族に向けたものです。110万円の非課税を後から否定されない形で使う手順を、口座・記録・契約書の3点にしぼって書きます。あわせて、2024年(令和6年)1月から始まった相続開始前7年加算と、相続時精算課税の年110万円との使い分けも、時点を明記して整理します。
先に結論:110万円の贈与が認められる3つの条件と、7年の壁
やることは単純です。もらう人名義の口座に振り込み、その口座はもらう人が管理し、毎回かんたんな贈与契約書を残す。この3点がそろっていれば、あとから「名義を借りていただけの親の預金」と言われる余地が小さくなります。そのうえで、相続が近い時期の贈与は相続財産に戻る(加算される)ことを前提に、いつから始めるかを考えることになります。
110万円は「もらう人ごと・1月から12月まで」で数える
暦年課税の基礎控除110万円は、もらった人1人につき、その年の1月1日から12月31日までの合計で判定します。渡す人ごとに110万円ではありません。ここを取り違えると、いきなり課税になります。
父 → 長女に110万円
合計220万円を渡しても、もらう人ごとに110万円以内なので贈与税はかかりません。
母 → 長男に110万円
長男は同じ年に220万円もらったことになり、110万円を超えた110万円に贈与税がかかります。
110万円を超えた場合の税額は、下の速算表で計算します。父母・祖父母から18歳以上(贈与を受けた年の1月1日時点)の子や孫へ渡す場合は、税率の低い「特例税率」を使えます。
たとえば親から510万円をもらった年は、510万円 − 110万円 = 400万円が計算のもとになり、特例税率なら400万円×15% − 10万円 = 50万円が贈与税です。同じ400万円でも、親族以外からの贈与(一般税率)なら400万円×20% − 25万円 = 55万円になります。
名義預金にしないための4ステップ
相続税の調査でいちばん多く指摘されるのが、この「名義預金」です。子や孫の名前の口座に入っているけれど、実質は親のお金のままだった、という状態を指します。次の4つを守れば、その指摘を受けにくくなります。
贈与契約書の書き方(A4・1枚で足ります)
「毎年3月1日に110万円」のように、金額も日付も何年も同じだと、はじめから決まった総額を分割で渡す約束(定期金の贈与)だったと見られることがあります。契約書を毎年作り直す、金額や時期に幅を持たせる、といった対応で避けられます。
相続開始前7年加算——いつからの贈与が戻されるのか
相続や遺贈で財産を取得した人が、亡くなった方から生前に受けた贈与は、一定期間さかのぼって相続財産に加算されます。2024年(令和6年)1月1日以後の贈与から、この期間が3年から7年へ段階的に延ばされています。
押さえておきたい点が3つあります。
- 加算されるのは、相続や遺贈で財産を取得した人への贈与です。相続人でない孫や子の配偶者が、遺言でも保険金でも何も受け取らないのであれば、その人への贈与は加算されません。
- 加算されるのは贈与時の価額です。110万円以内で贈与税がかからなかった分も、期間内なら加算されます。
- 加算された贈与について払った贈与税は、相続税から差し引けます。二重に取られるわけではありません。
つまり、暦年贈与は「早く始めるほど効く」制度になりました。80代で始めるより、60代・70代で始めたほうが、加算の外に出る年が増えます。今の資産で相続税がかかるのかどうかが分からない方は、相続税・生前対策かんたん診断(無料・登録不要・1分)で目安を確認してから、贈与を始めるかどうかを決めても遅くありません。
相続時精算課税の年110万円と、どちらを使うか
2024年からは、相続時精算課税にも年110万円の基礎控除ができました。名前が似ていて紛らわしいのですが、性質はまったく違います。
ざっくりした使い分けは次のとおりです。相続まで年数がありそうで、相続人でない孫にも渡したいなら暦年課税。年齢や健康の事情で年数が読みにくく、子に確実に年110万円を残したいなら相続時精算課税。後者は7年加算の影響を受けないため、始めるのが遅くなった場合に効きます。ただし一度選ぶと戻せないので、値上がりしそうな財産を持っている場合などは、選ぶ前に税理士に確認してください。
110万円のほかに、贈与税がかからない枠
生活費・教育費は、必要な都度渡せば非課税
親子や祖父母と孫のように扶養義務のある間柄では、生活費や教育費にあてるために渡したお金で、通常必要と認められるものには贈与税がかかりません。110万円とは別枠です。仕送り、学費、入院費などが該当します。
条件は「必要な都度、直接それに充てること」です。学費として渡したお金が使われずに預金として残っていたり、株や投資信託の購入にまわされたりすると、その部分は贈与税の対象になります。学費なら学校へ直接振り込む、生活費なら毎月渡す、という形が確実です。
まとまった額を非課税で渡せる特例(2026年9月時点の状況)
贈与税の申告が要るのはどんなときか
申告と納税をするのは、もらった人です。もらった年の翌年2月1日から3月15日までに、その人の住所地の税務署へ提出します。
- 申告が必要:その年にもらった財産の合計が110万円を超えたとき。
- 税額が0でも申告が必要:住宅取得等資金の非課税、おしどり贈与、相続時精算課税の特別控除2,500万円を使うとき。期限内に申告しないと特例が使えません。
- 申告は不要:110万円以内の暦年贈与。相続時精算課税を選んだあと、その贈与者からの贈与が年110万円以内におさまった年。
なお、110万円以内でも贈与契約書と振込記録は必ず残してください。申告書という「公の記録」がない分、家族が作った記録が唯一の証拠になります。
よくある質問
あえて111万円を渡して1,000円の贈与税を払えば、証拠になりますか?
申告書という記録は残りますが、それだけで名義預金の指摘を防げるわけではありません。口座を本人が管理していなければ、贈与税を払っていても親の預金と判断されることがあります。順番としては、口座と管理の実態を整えるほうが先です。
子ども名義の口座に、子どもに知らせずに積み立てています。どうすればよいですか。
その状態では贈与が成立していません。もらう側が知らないので、合意がないためです。今からできるのは、口座の存在を本人に伝え、通帳と印鑑を渡し、その時点で改めて贈与契約書を作ることです。過去の積立分をその年の贈与としてまとめると110万円を超えることが多いので、金額と進め方は税理士に相談してください。
親が認知症になったら、贈与は続けられますか。
できません。贈与は契約なので、渡す側に判断能力が必要です。判断能力が落ちたあとは、預金の引き出しそのものが止まることもあります(認知症による口座凍結)。贈与を含めた生前対策は、元気なうちにしか選べません。
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本記事の制度・数値は2026年9月時点のもので、国税庁タックスアンサー(No.4103/No.4161/No.4408/No.4429/No.4452/No.4508/No.4511)および財務省「令和8年度税制改正の大綱」を確認して作成しています。税制は改正されることがあり、また同じ贈与でも家族の状況によって扱いが変わります。実際の申告や制度の選択にあたっては、税理士など専門家にご確認ください。