「相続手続きをしなかったらどうなるのか?」と疑問に思っている方は多いでしょう。相続手続きを放置すると、財産が凍結されたり、予期しないトラブルが発生したりする可能性があります。法律上のリスクだけでなく、相続人間での争いが生じることも少なくありません。さらに、場合によっては相続税の負担が増えたり、相続放棄の機会を失ったりすることもあります。
一方で、すべてのケースで急いで手続きが必要なわけでもありません。この記事では、放置して本当に困るのはどれか、期限を過ぎてしまったときに何ができるか、そして手続きをしなくても支障がない場合を整理します。
先に結論:放置して困るのは、期限のある3つだけ
逆に言えば、この3つに当てはまらない財産(預貯金だけ、負債なし、不動産なし、相続税もかからない)なら、慌てて手続きしなくても罰則はありません。ただし放置している間に相続人が亡くなると、その子や配偶者まで話し合いに加わることになり、あとから始める手続きは確実に重くなります。
相続手続きをしなかった場合に起こる具体的なトラブル
不動産や預貯金が凍結される場合
相続手続きを行わないと、故人が所有していた不動産や預貯金が凍結される場合があります。不動産の場合、相続登記を行わない限り、名義変更ができず、その不動産を売却したり、貸し出したりすることが困難になります。また、銀行口座についても、相続手続きを完了しない限り、相続人が預貯金を引き出すことができなくなる場合があります。
相続税の未納による追加負担
相続財産が基礎控除を超えると相続税がかかります。これを未納のまま放置すると、後から負担が膨らみます。相続税の申告期限は相続の開始を知った日の翌日から10か月以内で、期限を過ぎると延滞税や加算税が上乗せされます。
さらに、相続税の納付が遅れることで、相続財産の一部が差し押さえられるリスクもあります。納税資金が足りないときは、期限内に延納や物納の申請を出す道もあります。まずは期限内に申告を出すところまでを目標にしてください。
相続放棄の機会を失うリスク
相続放棄は、相続の開始を知った時から3か月以内に家庭裁判所へ申立てを行う必要があり、この期間を過ぎると原則として相続放棄ができなくなります。相続放棄を行わない場合、故人の負債を引き継ぐことになり、予期せぬ借金の返済を負うリスクがあります。
相続放棄を考えている場合は、3か月の期限から逆算して動いてください。借金の有無がはっきりしないうちに時間だけが過ぎるのが一番まずいパターンです。期限内に判断がつかないときの選択肢は、次の章で説明します。
⚠️ 期限のある手続きに注意
相続放棄は相続の開始を知った時から3か月以内に家庭裁判所への申立てが必要です。相続税の申告は相続の開始を知った日の翌日から10か月以内が期限で、過ぎると延滞税や加算税が上乗せされます。期限を過ぎてしまった場合も、気づいた時点で動くほど負担は軽く済みます。
相続手続きを怠った場合の対処法と解決策
期限を過ぎた場合の対処法
相続放棄の3か月を過ぎた場合。3か月の起算点は「自分が相続人になったことを知った時」です。借金の存在をまったく知らず、後になって債権者から請求が届いたようなケースでは、その時点から3か月として申述が受理されることがあります(最高裁昭和59年4月27日判決)。まだ3か月内で判断がつかないときは、期間内に家庭裁判所へ「熟慮期間の伸長」を申し立てられます。
相続税の10か月を過ぎた場合。放置せず、自分から期限後申告をしてください。税務調査の通知を受ける前に自主的に申告すれば、無申告加算税は軽減されます。調査の通知後・決定後になるほど重くなるので、気づいた時点が最も有利です。
相続登記の3年に間に合わない場合。遺産分割がまとまらないときは、法務局に「相続人申告登記」を出せば義務を果たしたことになります。名義変更そのものは後日必要ですが、過料は避けられます。過料が誰に科されるのか、催告から裁判所までの流れは相続登記をしないとどうなる?で説明しています。
今日の一歩:どこへ、何を持って行くか
上の3つは、それぞれ行き先が違います。同じ窓口では受け付けてもらえません。
- 相続人申告登記…その不動産の所在地を管轄する法務局。相続人のうち1人でも単独で申し出られます。持ち物は、被相続人が亡くなったことと自分が相続人であることが分かる戸籍謄本等と、自分の住所を証する書類。登録免許税はかかりません。
- 相続税の期限後申告…被相続人が亡くなったときの住所地を所轄する税務署(相続人の住所地ではありません)。
- 熟慮期間の伸長の申立て…被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所。費用は収入印紙800円(相続人1人につき)と、連絡用の郵便切手です。
3か月で迷っている方が、まず調べること
借金があるかどうかは、信用情報機関への開示請求で調べられます。CIC・JICC・全国銀行個人信用情報センターの3か所があり、それぞれ加盟している金融機関の種類が違うため、心当たりがなければ3か所に出すのが確実です。相続人からの請求ができ、所定の手数料がかかります(金額と必要書類は機関により異なります)。「借金があるか分からないまま3か月が過ぎる」が最も避けたい形なので、迷ったらこの請求と、家庭裁判所への伸長の申立てを同時に進めてください。
相続人が誰なのか分からないとき
被相続人の出生から死亡までの戸籍を集めたら、法務局で法定相続情報一覧図の写しを作っておいてください。交付は無料で、必要な通数を出してもらえます。この1枚があれば、法務局・銀行・税務署に同じ戸籍の束を回さずに済み、何十年も前の相続ほど効きます。
窓口で止まったときの次の一手
法務局には登記手続案内(予約制・管轄の局に電話して申し込みます)、税務署には電話相談センターがあり、いずれも自分の事案について何が必要かを無料で聞けます。「何を出せばいいか分からない」で止まっているなら、書類をそろえる前にこの案内を先に使ってください。
遺産分割を放置して10年たつと、何が変わるか
遺産分割の話し合いそのものに、期限はありません。ただし、2023年(令和5年)4月から、早期の遺産分割を促す新しいルールが始まっています(法務省の案内)。相続が始まってから10年を過ぎると、生前にもらった財産(特別受益)や、介護などの貢献(寄与分)を理由にした主張が、原則としてできなくなります。10年を過ぎたあとは、法定相続分(遺言で割合が決まっていれば、その割合)を基本に分けることになります。
2023年4月より前に始まった相続には、猶予があります。いつまで猶予されるかは、相続が始まった時期によって違いますので、該当しそうな方は、お早めに法務局か専門家へご確認ください。10年を過ぎる前に動けるなら、家庭裁判所の調停・審判を使う道も残ります。争いになりそうな場合は、弁護士のご相談先になります。
相続手続きをしなくても困らない事例
相続財産が少ない場合
相続財産が非常に少額である場合、手続きを行わなくても特に困ることはないかもしれません。たとえば、預貯金がわずかで、不動産も借金もない場合には、急いで手続きをしなくても罰則はありません。財産の合計が基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)以下なら相続税の申告も不要です。ただし、不動産が1件でもあれば相続登記の義務は別に残ります。土地の持分や田畑、古い家屋が残っていないかは、固定資産税の納税通知書で確認してください。
特定の相続人しかいない場合
相続人が一人しかいない場合や、遺言書で全財産の行き先が決まっている場合は、遺産分割協議そのものが要りません。話し合いの相手がいない分、名義変更に必要な書類も少なく済みます。ただし相続人が複数いるなら、「あの家は長男が継ぐ」という了解があっても、名義変更には全員の署名と実印が入った遺産分割協議書が必要です。
手続きをしなくても困りにくいケース
✓ 相続財産がごく少額(預貯金がわずか・価値の低い物品のみ)
✓ 相続人が一人だけで遺産分割協議が不要
✓ 遺言などで全財産が特定の相続人に分与され、異議が出ない
それでも省略できない手続き
✕ 相続税の申告(課税される場合)
✕ 不動産などの名義変更
✕ 法定手続きの完全な省略は不可
よくある質問
Q1: 何もしないでいると、役所から催促は来ますか?
A: 相続放棄と遺産分割については、役所から個別に催促が届くことはありません。相続税は申告がないと税務署から「相続についてのお尋ね」が届くことがあります。相続登記は法務局から催告が来る仕組みになっており、催告を受けても正当な理由なく応じないと過料の対象になります。
Q2: 相続放棄はいつまでに行えば良いですか?
A: 起算点は「自分が相続人になったことを知った時」で、そこから3か月です。原則としてこの期限を過ぎると相続放棄はできません。ただし借金の存在をまったく知らなかったケースでは、それを知った時から3か月として受理されることがあります。3か月内に判断がつかないときは、期間内に家庭裁判所へ「熟慮期間の伸長」を申し立てられます。
Q3: 何十年も前の相続が手つかずです。今からできますか?
A: できます。期限を過ぎていても手続き自体は可能です。ただし当時の相続人がすでに亡くなっていると、その相続人(配偶者や子)まで全員の同意と実印が必要になります。世代をまたぐほど関係者が増えるので、判明している人が動ける今のうちに戸籍を集め始めるのが現実的です。
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本記事は司法書士 今井 裕司(愛知第1112号/簡裁認定 第118116号)監修のもと、一般的な情報提供を目的として作成しています。個別の事情による判断は、専門家にご確認ください。
