葬儀の打ち合わせの席で、見積書を前に手が止まった。この支払いは、亡くなった父の口座から出せるのだろうか。それとも、もう銀行は止まっているのだろうか。
この記事は、情報提供です。手続きは、金融機関の窓口で相続人ご自身が行うものです。内容は、2026年10月8日時点の法務省・全国銀行協会・ゆうちょ銀行・裁判所の案内にもとづきます。
この記事の結論
- 口座は、亡くなった瞬間に自動で止まるとは限りません。銀行が名義人の死亡を知ったとき(家族が連絡したときなど)から、入出金などの取引が原則として止まります。
- 止まったあとも、「遺産分割前の相続預金の払戻し制度」(民法909条の2)で、他の相続人の同意なしに一定額まで引き出せます。上限は「残高×3分の1×自分の法定相続分」で、1つの金融機関につき150万円までです。
- ただし、戸籍などの書類をそろえる日数がかかり、葬儀の支払日に間に合わないこともあります。当面は家族が立て替えて、あとで精算するのが現実的です。
口座が止まるのはいつ?
「凍結」は、法律の言葉ではありません。銀行が、口座の持ち主が亡くなったことを知って、取引を止めることを、一般にこう呼びます。
全国銀行協会の案内では、口座名義人が亡くなったら、取引のある金融機関に連絡します。連絡と同時に、故人の口座での入出金などの取引は、原則として制限されます。ゆうちょ銀行も、連絡を受けた口座は停止の設定をします。
口座が止まると、何が困る?
とくに困りやすいのは、次のようなお金です。
- 葬儀社への支払い、お寺へのお礼
- 同居していた家族の、当面の生活費
- 入院費や施設の費用の精算
- 公共料金、携帯電話、クレジットカードなど、その口座から引き落としていたもの
亡くなった直後は、ほかにも手続きが重なります。お金のことだけは、先に見通しを立てておくと、気持ちが少し楽になります。
払い戻し制度(民法909条の2)とは
止まった口座でも、「遺産分割前の相続預金の払戻し制度」を使えば、相続人が1人で引き出せます。2019年7月1日に始まった制度で、民法909条の2に定められています。遺産の分け方の話し合いがまとまる前でも、当面のお金が必要なときのために作られました。
引き出せる額は、次の計算で決まります(法務省)。
(相続が始まったときの預金の残高)×(3分の1)×(払い戻しを受ける人の法定相続分)
さらに、同じ金融機関からは、150万円までが上限です。計算は口座ごとですが、同じ銀行に普通預金と定期預金があるときは、合わせて150万円までになります。
自分の法定相続分がどれだけかは、家族の構成で変わります。迷うときは、金融機関の窓口か専門家に確認してください。
使う前に知っておきたいこと
- 必要な書類は、金融機関によって違います。亡くなった人の戸籍謄本などが必要になることが多く、そろえるのに日数がかかります。戸籍の取り方は、戸籍謄本の取り方で整理しています。
- 受け取った分は、あとの遺産分割で「すでにもらった分」として扱われます(全国銀行協会)。
- 150万円で足りないときは、遺産分割の調停や審判を家庭裁判所に申し立てたうえで、必要な範囲で預金を仮に受け取る方法もあります。借金の支払いや生活費が必要な場合で、他の相続人の利益を害さないことが条件です(法務省)。
- 借金などを引き継ぎたくなくて、相続放棄を考えているときは、預金を動かす前に専門家に相談してください。相続放棄は、相続が始まったことを知ってから3か月以内に家庭裁判所に申し立てます(裁判所)。預金を使うと、相続を認めた扱いになることがあります。
葬儀費用は、どう払う?
葬儀費用の払い方は、おもに次の4つです。家族の状況に合う方法を選びます。
誰がどのくらい負担するかは、きょうだいで考えが食い違いやすい点です。立て替えた人は、領収書とメモを残しておくと、あとの話し合いが進みます。
葬儀費用の相場や、元気なうちの準備は、葬儀費用の相談2026で詳しく書いています。
元気なうちに話しておくと、楽になること
亡くなったあとは、口座を自由には動かせません。いちばん楽になるのは、元気なうちに、家族で話しておくことです。
- 口座のある銀行名と支店名を書き出して、置き場所を家族に伝えておく
- 葬儀の希望と、費用をどのお金から払うかを話しておく
- 預金を誰に渡したいか決めているなら、遺言書にしておく(遺言書の書き方【手書き】)
親にお金の話を切り出しにくいときは、「もしものときに、家族が困らないように」と、先に自分の話から始めると進めやすくなります。
今日できる一歩
親(または自分)の口座がある金融機関の名前を、紙に書き出します。通帳、キャッシュカード、郵便物を見て、銀行名と支店名だけで構いません。
よくある質問
銀行に連絡すると、必ず口座は止まりますか?
全国銀行協会の案内では、連絡と同時に、原則として取引は制限されます。ゆうちょ銀行も、連絡した口座は停止の設定をします。連絡する前に、葬儀費用など当面のお金をどうするか、家族で話しておくと慌てません。
亡くなったあとに、ATMで引き出すとどうなりますか?
亡くなったあとの預金は、相続人みんなのものです。引き出した記録は取引の履歴に残ります。あとで他の相続人から説明を求められたり、相続放棄ができなくなったりすることがあります。お金が必要なときは、払い戻し制度を使うか、専門家に相談してください。
払い戻し制度は、相続人なら誰でも使えますか?
各相続人が、単独で請求できます(法務省)。上限は、自分の法定相続分で決まります。他の相続人にひとこと伝えておくと、あとのトラブルが減ります。
ゆうちょ銀行の貯金は、どこに連絡しますか?
ゆうちょ銀行・郵便局の貯金窓口か、相続コールセンター(0120-312-279、受付は9時から17時。土日祝日と12月31日から1月3日は休み)です(ゆうちょ銀行)。
参考にした公的情報
- 法務省「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正)」 https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00222.html
- 全国銀行協会「預金相続の手続の流れ」 https://www.zenginkyo.or.jp/article/tag-f/7704/
- 全国銀行協会「亡くなった親の預貯金、すぐに引き出すことは可能ですか?」 https://www.zenginkyo.or.jp/article/life/others/14668/
- 全国銀行協会「預金相続の手続に必要な書類」 https://www.zenginkyo.or.jp/article/tag-f/7705/
- ゆうちょ銀行「ゆうちょの相続手続き」 https://www.jp-bank.japanpost.jp/tetuzuki/souzoku/tzk_szk_flow.html
- 裁判所「相続の放棄の申述」 https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_13/index.html
※本記事は2026年10月時点の公的機関の公開情報にもとづく一般的な情報です。手続きや必要書類は金融機関で異なります。個別の判断は、金融機関の窓口や弁護士・司法書士・税理士などの専門家にご確認ください。
本記事は司法書士 今井 裕司(愛知第1112号/簡裁認定 第118116号)監修のもと、一般的な情報提供を目的として作成しています。個別の事情による判断は、専門家にご確認ください。
