この夏の帰省で、一度だけ家族で話してみませんか。今のうちにできる備えは生前対策診断で、持ち帰って書けるシートは「わが家の安心メモ」からどうぞ。
実家の机の引き出しから、父が書いたという便箋が出てきました。「長男に任せる」とだけ書かれていて、日付は「令和吉日」。この一枚に法的な効力があるのかどうか、家族の誰にも分かりません。ペンを持って一から書き直すべきなのか、専門家に頼むべきなのか、判断がつかないまま便箋だけが手元に残っています。
この記事の結論(30秒まとめ)
- 自筆証書遺言は「全文自書・日付・署名・押印」の4要件を満たせば、手書きだけで有効に作成できます。
- 財産目録に限りパソコンでの作成が可能ですが、各ページへの署名・押印は必要です。
- 途中で書き間違えた場合、厳格な訂正方式を誤ると無効になるため、書き直す方が安全です。
- 法務局の自筆証書遺言書保管制度(手数料3,900円)を使うと、相続開始後の検認が不要になります。
- 日付の「吉日」表記、押印漏れ、「〇〇に任せる」といった曖昧な記載は、無効や紛争の代表的な原因です。
手書きの遺言書は、封筒に入れて印鑑を押せば完成する、というものではありません。実際に無効になるのは書式の細部――日付の書き方、押印の位置、財産目録への署名の有無――であり、内容そのものがどれほど立派でも、一文字の不備で全体の効力が失われることがあります。そして厄介なのは、その不備に気づくのは本人が亡くなった後、相続人が家庭裁判所や法務局の窓口で初めて指摘されるという点です。だから、この記事では、民法が定める要件を満たしながら、実際にペンを持って書き進められるところまで、例文と手順で具体的に示します。
自筆証書遺言の書き方ーー全体の流れ4ステップ
自筆証書遺言の作成は、大きく4つの手順で進みます。
- 財産と相続人を洗い出す ── 不動産・預貯金・有価証券などの財産を一覧にし、誰にどの財産を相続させるか(相続人以外に渡す場合は「遺贈する」)を決めます。
- 全文を手書きで書く ── タイトル・本文など、財産目録以外のすべてを自分の手で書きます(全文自書)。
- 日付・氏名を書き、押印する ── 作成した年月日を正確に記載し、氏名を自署して押印します。
- 保管方法を決める ── 自宅で保管するか、法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用するかを選びます。
なお、公正証書遺言との費用・手間・確実性の違いは、公正証書遺言と自筆証書遺言はどっちがいい?費用・手間・確実性で比較で詳しく比較しています。この記事では比較には立ち入らず、手書きで書き進める手順に絞って解説します。
いきなり便箋に清書しようとすると、途中で財産の記載が抜けていたことに気づき、訂正や書き直しを繰り返すことになりがちです。まずコピー用紙などに下書きをして、財産の洗い出しと文面を固めてから、本番の便箋に清書する順番を守ると、訂正の手間を大きく減らせます。
遺言書の例文・見本【この形式に沿えば要件を満たせます】
実際にどのような文面を手書きすればよいか、便箋に書くイメージで見本を示します。数字や氏名の部分はご自身の状況に置き換えてください。
遺言書
遺言者〇〇〇〇は、次のとおり遺言する。
一、遺言者は、遺言者の有する下記不動産を、妻〇〇〇〇(昭和〇年〇月〇日生)に相続させる。
所在 〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番
地目 宅地
地積 〇〇.〇〇平方メートル
二、遺言者は、遺言者の有する〇〇銀行〇〇支店の預金全部を、長男〇〇〇〇(昭和〇年〇月〇日生)に相続させる。
三、遺言者は、この遺言の執行者として、長男〇〇〇〇を指定する。
令和〇年〇月〇日
〇〇県〇〇市〇〇町〇丁目〇番〇号
遺言者 〇〇〇〇 ㊞
ポイントは、財産と受け取る人を、誰が読んでも一意に特定できる記載にすることです。不動産は登記事項証明書の記載どおりに所在・地目・地積を書き写し、預貯金は金融機関名・支店名まで記載します。渡す相手は、戸籍上の氏名と生年月日を書いておくと、他人と取り違えられる余地がなくなります。
また、見本の三のように遺言執行者をあらかじめ指定しておくと、相続人の一人が単独で預金の解約や不動産の名義変更を進めやすくなります。誰に依頼すべきか迷う場合は、遺言執行者は誰にする?で選び方を解説しています。作成後の封筒への入れ方や糊付け・押印の作法は、遺言書は封筒がないとだめ?正しい書き方と保管方法にまとめています。
民法968条の4要件ーー全文自書・日付・署名・押印
民法968条は、自筆証書遺言が有効となるための要件を、次の4つに絞って定めています。
- 全文を自書すること(財産目録を除く)
- 日付を記載すること
- 氏名を自署すること
- 押印すること
全文自書:本文はパソコンやワープロを使わず、必ず本人が手書きしなければなりません。代筆や録音データ、動画による意思表示は自書の要件を満たさず、認められません。現時点では手書き(自書)が必須の要件であり、電子データのみで作成した遺言書は無効です。将来的にデジタル化の議論が進む可能性はありますが、現行の民法では自書要件が変わっていないという事実を踏まえて作成してください。
日付:「令和8年8月3日」のように、特定の1日に絞り込める形で記載します。後述しますが「吉日」などのあいまいな記載は無効原因になります。
氏名:戸籍上の氏名を自署します。通称やペンネームでも本人と特定できれば有効とされた例はありますが、無用な争いを避けるため戸籍どおりの氏名を書いてください。
押印:認印でも有効ですが、後日の争いを避けるため実印を使い、印鑑登録証明書を一緒に保管しておくと安心です。
この4要件は、いずれか1つでも欠けると遺言書全体が無効になるという意味で対等に重要です。「内容は素晴らしいのに日付がない」「氏名も押印もあるのに全文がパソコン作成だった」というように、要件のどれか1つを満たしていないだけで、家庭裁判所や金融機関の窓口で無効と判断されてしまいます。書き終えたら、この4項目を1つずつ指差し確認する習慣をつけてください。
書き間違えたときの訂正方法ーー厳格ルールと「書き直す」という選択
遺言書を書いている途中で誤りに気づいた場合、修正液や二重線での訂正はできません。民法968条2項は、①変更した場所を指示し、②変更した旨を付記して署名し、③変更した場所に押印するという、日常の書類訂正よりもはるかに厳格な方式を定めています。この手順を一つでも誤ると、その訂正自体が無効になり、最悪の場合は遺言書全体の効力に疑いが生じかねません。
実務上は、多少手間がかかっても、最初から一枚を書き直す方が安全です。特に財産の内容や相続人の氏名など、記載の核心に関わる部分を訂正する場合は、新しい便箋に全文を書き直すことを基本にしてください。訂正箇所が増えるほど、無効になるリスクと、相続人から筆跡や意思能力を疑われるリスクの両方が高くなります。
財産目録はパソコンで作成できます(2019年民法改正)
2019年1月13日に施行された民法改正により、財産目録に限ってパソコンでの作成や、通帳のコピー・登記事項証明書の添付が認められるようになりました。本文は全文自書のままですが、不動産や預貯金の一覧を作る作業だけは大幅に省力化できます。
ただし条件があります。財産目録の各ページ(両面に印刷した場合は両面とも)に、遺言者本人が署名し、押印しなければなりません。この署名・押印を一枚でも欠くと、その目録は無効になります。不動産の登記事項証明書のコピーをそのまま財産目録として添付する場合も同様に、各ページへの署名・押印が必要です。
財産目録を作成する際は、本文の記載と食い違いがないかも確認してください。本文で「別紙目録記載の不動産を長男に相続させる」と書きながら、財産目録に該当の不動産が載っていない、というケースでは、その財産についての意思表示自体がなかったものとして扱われかねません。財産目録を先に完成させ、本文の文言を財産目録の項目名と一致させる順番で進めると、記載の食い違いを防ぎやすくなります。
自筆証書遺言書保管制度ーー法務局に預けて検認を不要にする
2020年7月10日から、法務局が自筆証書遺言書を預かる自筆証書遺言書保管制度が始まりました。手数料は1件につき3,900円です。この制度を利用する最大のメリットは、相続開始後の検認が不要になることです。自宅保管の遺言書は家庭裁判所での検認手続きが必要ですが、法務局に保管された遺言書は検認を経ずにそのまま各種の相続手続きに使えます。
法務局では様式(用紙サイズや余白など)のチェックは行いますが、記載内容が要件を満たしているかまでは保証しません。要件を満たした遺言書を作ったうえで保管制度を利用する、という順番を守ってください。申請は遺言者本人が、住所地・本籍地・所有する不動産の所在地のいずれかを管轄する法務局に、事前予約のうえ自ら出向いて行います。代理人による申請はできません。なお、保管制度を利用する場合は封筒に入れずに提出しますが、自宅で保管する場合の封筒の扱い方は遺言書は封筒がないとだめ?正しい書き方と保管方法で解説しています。
保管制度には、検認が不要になること以外にもメリットがあります。相続開始後、相続人の一人が法務局に遺言書の有無を確認すると、あらかじめ指定しておいたほかの相続人にも遺言書が保管されている旨が通知される仕組み(死亡時の通知)があり、遺言の存在に誰も気づかないまま手続きが進んでしまう事態を避けられます。自宅保管の場合は、その存在を家族の誰にも伝えていないと、せっかく書いた遺言書が見つからないまま相続手続きが終わってしまうこともあるため、保管場所または保管制度を利用している事実だけは、信頼できる家族に伝えておくことをおすすめします。
無効になる代表的な失敗例と、あいまいな記載の落とし穴
形式面の不備は、内容がどれだけ具体的でも遺言書そのものを無効にします。特に多い失敗例は次のとおりです。
- 日付を「令和8年吉日」のように、特定の1日に絞り込めない書き方にしてしまう
- 押印を忘れる、または財産目録の一部のページに押印していない
- 財産目録に署名だけして押印を忘れる(逆に押印だけして署名を忘れる)
- 夫婦や親子が1枚の便箋に連名で遺言を書いてしまう(共同遺言の禁止、民法975条)
- 財産目録以外の本文までパソコンで作成してしまう
共同遺言の禁止も見落とされがちです。夫婦であっても、遺言書は必ず1人1通ずつ作成する必要があります。1枚の便箋に夫婦連名で書いたり、「私たち夫婦は」という書き出しで作成したりすると、仲の良さや意思の一致を示すつもりでも、その時点で両方とも無効になってしまいます。財産目録のページ数が多い場合は、綴じ方にも注意が必要です。ホチキス留めのうえ、ページの継ぎ目にも契印代わりの押印をしておくと、後から差し替えを疑われにくくなります。
形式の要件を満たしていても、内容があいまいだと、遺言の実現段階でトラブルになります。よくあるのが「長男に任せる」「あとはよろしく頼む」「家のことはうまくやってほしい」といった記載です。これらは、何を、どの程度、誰に渡すつもりだったのかを一意に特定できないため、相続人同士の解釈が分かれ、結局は遺産分割協議をやり直すのと同じ状態になりかねません。「任せる」と書かれた財産を、複数の相続人がそれぞれ「自分に譲るという意味だ」と受け取ってしまい、話し合いが平行線になった、というのは典型的なパターンです。
書くべきは「〇〇(氏名・生年月日)に、〇〇銀行〇〇支店の預金全部を相続させる」のように、財産の範囲と受け取る人を具体的に特定した記載です。財産が複数あり、誰にどれを渡すか決め切れていない場合は、無理に一文にまとめず、財産ごとに1項目ずつ分けて書くと整理しやすくなります。「任せる」「よろしく頼む」といった言葉を使いたくなったら、それは財産の分け方をまだ決め切れていないサインだと考え、先に財産の洗い出しに戻ることをおすすめします。
遺留分への配慮を忘れずにーートラブルの種を残さないために
自筆証書遺言は、形式さえ満たせば技術的にはどのような配分でも書けてしまいます。しかし、兄弟姉妹以外の法定相続人(配偶者・子・直系尊属)には、遺留分として最低限の取り分が法律上保障されています。遺留分の割合は、原則として法定相続分の2分の1(相続人が直系尊属のみの場合は3分の1)です。「全財産を長男に相続させる」のように特定の相続人の遺留分を大きく侵害する内容を書くこと自体は可能ですが、後日ほかの相続人から遺留分侵害額請求を受け、金銭でのトラブルに発展する種を残すことになります。
特定の相続人の遺留分を大きく侵害する内容にする場合は、弁護士に相談しながら代償金の準備や付言事項の書き方を検討しておくと、遺された家族の負担を減らせます。遺留分や代償金への配慮は、公正証書遺言を選ぶ場合でも同じように必要です。具体的な計算の考え方や落とし穴は公正証書遺言を作る前に知っておきたい4つの盲点(遺留分・代償金・納税)にまとめています。
手書きで足りる人・公正証書遺言にすべき人【判定チェックリスト】
ここまでの要件を満たせば、自筆証書遺言は手書きだけで有効に作成できます。ただし状況によっては、公証人が内容を確認しながら作成する公正証書遺言の方が、無効や紛争のリスクを避けやすい場合があります。次の5項目で、ご自身の状況を確認してください。
YES/NOでチェック
- 相続人が3人以上いる
- 不動産を2件以上所有している、または評価額の判断が難しい不動産がある
- 法定相続人以外の人(内縁の配偶者、お世話になった知人、団体など)に財産を渡したい
- ご本人またはご家族に、判断能力の低下(認知症など)への不安がある
- 過去に相続人同士で意見が対立したことがある、または関係が複雑である
該当0〜1個:ご自身で手書きの遺言書を進められる可能性が高い状況です。この記事の例文と手順に沿って作成を進めてください。判断に迷う点が出てきたときだけ、その部分を相談していただいても構いません。
該当2〜3個:財産の特定や遺留分への配慮など、判断が必要な論点が含まれている可能性があります。下記の生前対策診断で状況を整理するか、直接のご相談で確認することをおすすめします。
該当4個以上:公証人と内容を確認しながら作成する公正証書遺言の方が、無効のリスクを避けやすい状況です。必要書類や作成当日の流れは公正証書遺言の必要書類と作成当日の流れで、愛知県内の公証役場は愛知県の公証役場一覧でご確認いただけます。まずは面談フォームからご相談ください。
実務知見|当窓口の相談から
訂正の失敗パターンとして多いのが、財産目録を先に作ってから本文を書き、後になって「やっぱり長女にも少し渡したい」と一行だけ書き加えてしまうケースです。追加した一行に正しい訂正方式(変更場所の指示・変更した旨の付記・署名・押印)が伴っておらず、その追加部分だけが無効と判断されかねない状態になっていました。財産の配分を変えたくなったときは、書き足すのではなく、最初から書き直す方が確実です。(当窓口に寄せられた相談をもとに再構成した典型例です)
無理に専門家へ依頼しなくてよいケース
相続人が1人しかいない、財産が自宅と預金口座程度で分け方に迷いがない、というケースでは、専門家に依頼しなくても、この記事の例文に沿って手書きの遺言書を作成できる可能性が高いです。無理に公正証書遺言や専門家への依頼を検討する必要はありません。
そのうえで、判断に迷う点が1つでもあるようでしたら、30分の整理面談(無料)でご一緒に確認できます。
よくある質問
Q. 費用をかけたくないのですが、手書きの遺言書は本当にお金をかけずに作れますか?
A. はい。自筆証書遺言は便箋と印鑑があれば作成でき、法務局の保管制度を利用しても手数料は3,900円です。専門家への依頼費用をかけたくない場合、この記事の要件と例文に沿って手書きで作成する方法は現実的な選択肢です。
Q. まだ元気なので、遺言書を書くのは早すぎませんか?
A. 早すぎるということはありません。判断能力に問題がない状態でなければ有効な遺言書は作成できないため、元気なうちに書いておくこと自体が、後から「本人の意思かどうか」を疑われないための備えになります。
Q. パソコンで本文まで作成してもよいですか?
A. 財産目録を除く本文は、必ず手書き(自書)する必要があります。パソコンで作成した本文は、署名・押印があっても無効です。
Q. 一度書いた遺言書を、あとから書き直すことはできますか?
A. できます。日付が新しい遺言書の内容が優先されるため、内容を変えたい場合は新しく書き直し、古いものは破棄するか、無効である旨を明記してください。
Q. 遺言書と異なる分け方を、相続人全員の合意で行うことはできますか?
A. 相続人全員の合意があれば、遺言書と異なる分割をすることは可能です。ただし遺言執行者が指定されている場合はその職務との関係を確認する必要があるため、判断に迷う場合は事前にご相談ください。
迷ったら、まずは無料で状況を整理しませんか
当社は手続きそのものをお受けしていないため、「いまは何もしなくて大丈夫です」という結論をお伝えしても困りません。ご相談を無料にしているのは、そのためです。
あわせて読みたい
本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の税務・法的判断を行うものではありません。記載内容は執筆時点の法令にもとづいています。実際の作成にあたっては、最新の法令をご確認のうえ、必要に応じて弁護士・司法書士・公証人など専門家にご確認ください。