遺産分割協議書に全員の実印をもらい終えた。あとは銀行に持っていくだけ——のつもりで窓口に行くと、「こちらの用紙にも相続人全員の署名と実印をお願いします」と別の書類を渡される。せっかく集めた印鑑を、もう一度集め直すことになります。
これは手違いではなく、どの金融機関でもある流れです。協議書は「誰がこの口座を取得するか」を示す書類で、銀行が求める相続届は「その口座をどう処理するか」を指示する書類だからです。この記事では、銀行に何を持っていけばよいか、原本は返ってくるか、法定相続情報一覧図でどこまで省略できるか、そして入金まで何日かかるかを整理します。
先に結論:銀行に出すのは協議書だけではない
協議書を作ってから窓口に行くのではなく、先に銀行へ「相続の手続きをしたい」と連絡して所定用紙を取り寄せ、協議書の署名押印と同じタイミングで一緒に回すと、印鑑を2度集めずに済みます。
協議書と「相続届」は役割が違う
| 遺産分割協議書 | 銀行所定の相続届 | |
|---|---|---|
| 作る人 | 相続人(書式は自由) | 銀行が用意する専用用紙 |
| 中身 | 誰がどの財産を取得するかの合意 | 解約するか名義を変えるか、振込先はどこかの指示 |
| 押印 | 相続人全員の実印 | 原則、相続人全員の実印(代表者のみで可とする扱いもある) |
| 省略できるか | 遺言がある場合や相続人が1人なら不要 | 省略できない |
協議書で「A銀行の預金は長男が取得する」と決めていても、実際にお金を動かすのは銀行です。振込先の口座番号や、解約か名義変更かの選択は、銀行の用紙でしか指示できません。だから両方が要ります。
なお、相続届に全員の押印を求めるか、代表相続人だけでよいとするかは金融機関によって分かれます。協議書が整っていれば代表者のみでよい、という運用の銀行もあるので、最初の電話で確認しておくと動きが読めます。
今日の一歩:最初の1本の電話で、この6つを聞いておく
かける先は、取引店ではなく各行の相続専用の窓口です。電話番号は、その銀行のサイトの「相続のお手続き」のページに載っています。支店に直接かけても、結局そこへ案内されることが多いので、最初から専用窓口にかけたほうが早く済みます。
まず伝えること。「〇〇(故人の氏名)の相続の手続きをしたい」「私は子です」「口座は普通と定期の2つがあります」。この3つを最初に言うと、案内がまとまって返ってきます。
そのうえで、この6つを聞いてメモしてください。①所定用紙の名前と、郵送してもらえるか(何日ほどで届くか) ②その用紙に実印を押すのは相続人全員か、代表者だけでよいか ③印鑑登録証明書は発行後何か月以内のものが必要か ④法定相続情報一覧図の写しで戸籍一式を代替できるか ⑤来店は必要か、郵送だけで完結するか ⑥提出してから入金までの日数の目安。
とくに②と③が、段取りを決めます。全員の実印が要ると分かれば、遺産分割協議書と所定用紙を同じ封筒で一度に回せて、印鑑を二度集めずに済みます。印鑑登録証明書の期限も、先に聞いておけば「取り直し」が防げます。
答えが曖昧だったときの次の一手。「相続を扱う部署に確認していただけますか」と一言添えてください。支店の一般窓口では即答できないことがあり、あとで違う案内に変わると、そのぶん往復が増えます。
期限の目安:相続税の申告・納税は10か月です。凍結中に葬儀費用などで現金が必要なときは、協議がまとまる前でも預貯金の払戻し制度(後述)が使えます。
原本は返ってくる(原本還付)
協議書も戸籍も印鑑登録証明書も、原本は返してもらえます。多くの銀行では、窓口でその場でコピーを取り、原本をすぐ返す扱いです。郵送で進める場合は、原本を送って手続き完了後に返送されるか、あらかじめコピーの提出でよいとされるかが分かれます。
- 窓口に行く場合:原本を持参すればその場でコピーを取り、原本は返却されるのが一般的です。
- 郵送の場合:返送を希望する旨を伝えます。返送用のレターパック等を同封するよう案内されることがあります。
- 複数の銀行を回る場合:協議書は相続人の人数分作ってあるはずなので、1通を持って順番に回れます。同時並行で進めたいときは、あらかじめ通数を多めに作っておく方法もあります。
印鑑登録証明書は、原本の提出を求められて返却されないこともあります。相続人の人数×手続きする金融機関の数だけ用意しておくと、途中で足りなくなりません。
法定相続情報一覧図で代替できる範囲
法務局で交付される「法定相続情報一覧図の写し」は、戸籍の束の代わりになる公的な証明書です。交付手数料は無料で、必要な通数を一度にもらえます。銀行を何行も回るなら、先にこれを取っておくと戸籍を持ち歩かずに済みます。
| 書類 | 一覧図の写しで代替できるか |
|---|---|
| 亡くなった方の出生から死亡までの戸籍 | できる |
| 相続人全員の現在の戸籍 | できる |
| 遺産分割協議書 | できない |
| 相続人全員の印鑑登録証明書 | できない |
| 銀行所定の相続届 | できない |
| 相続放棄があった場合の申述受理証明書 | できない(一覧図には放棄が反映されない) |
申出先は、亡くなった方の本籍地・最後の住所地、申出人の住所地、亡くなった方名義の不動産の所在地のいずれかを管轄する法務局です。相続登記も予定しているなら、登記の申請とあわせて申し出るのが効率的です。図の書き方は相続関係説明図のひな形と書き方で説明しています。
金融機関ごとに違うところ
| 違いが出るところ | よくある運用 |
|---|---|
| 受付の場所 | 最寄りの支店で受け付けるが、審査は相続専門の部署で行う。書類は本部に送られる |
| 来店の要否 | 郵送だけで完結できる銀行と、1回は来店が必要な銀行がある。予約制のことが多い |
| 用紙の名前 | 相続届、相続関係届書、貯金等相続手続請求書など呼び方が異なる |
| 印鑑証明書の期限 | 発行後3か月以内、または6か月以内を求めることが多い |
| ゆうちょ銀行 | 最初に「相続確認表」を出し、後日届く案内にしたがって書類を提出する2段構え |
| ネット銀行 | 窓口がないため、コールセンターに連絡して郵送でやりとりする |
主要行ごとの必要書類と窓口の流れは、それぞれの記事にまとめています。
提出してから入金までの日数
| 段階 | 目安 |
|---|---|
| 最初の連絡から所定用紙が届くまで | 数日〜1週間 |
| 書類を全部そろえて提出 | 戸籍集めが最大の山。ここで数週間かかることが多い |
| 提出から入金まで | おおむね1〜3週間 |
| 不備があったとき | 差し戻し1回でさらに2〜3週間 |
葬儀費用や当面の生活費で先に現金が必要な場合は、遺産分割が終わる前でも「預貯金の払戻し制度」が使えます。相続開始時の預金額に3分の1と自分の法定相続分を掛けた金額まで、1つの金融機関につき150万円を上限に、単独で払戻しを受けられます(民法909条の2)。協議がまとまるまで待てないときの選択肢です。
協議書がまだない・使えない場合はどうするか
協議書を出す以外にも、口座を動かす方法はいくつかあります。自分の状況がどれに当たるかで、そろえる書類が変わります。
| 状況 | 銀行に出すもの |
|---|---|
| 遺言書がある | 遺言書(自筆証書は家庭裁判所の検認済みのもの、または法務局保管の情報証明書)。協議書は不要 |
| 相続人が1人だけ | 戸籍で1人であることを示せば足りる。協議書は作れない |
| 法定相続分どおりに分ける | 協議書なしで、相続人全員の署名押印がある銀行所定の用紙だけで進められる場合がある |
| 話し合いがまとまらない | 預貯金の払戻し制度で当面の分だけ引き出す。その後は家庭裁判所の調停へ |
| 相続人に認知症の方がいる | そのままでは協議ができない。成年後見人の選任が必要になる |
いちばん止まりやすいのが最後の行です。判断能力が落ちている相続人がいる状態で作った協議書は、後から効力を争われます。銀行の窓口でも、事情を聞かれた時点で手続きが進まなくなります。気づいた段階で、先に成年後見の見通しを立てておいたほうが早く終わります。
差し戻されないための持ち物チェック
- 協議書の記載が「金融機関名・支店名・預金種別・口座番号」までそろっているか。定期預金や積立が別口座になっていないか。
- 協議書の住所が、印鑑登録証明書の表記と一字一句そろっているか。
- 印鑑登録証明書の発行日が、その銀行の求める期限内か。古いものは取り直す。
- 相続届に押す印鑑が、協議書と同じ実印になっているか。
- 払戻し先の口座(相続人名義)の通帳・カードを持っているか。振込先を書く欄があります。
- 亡くなった方の通帳・キャッシュカード・貸金庫の鍵を持っているか。紛失していても手続きは進められますが、その旨を申し出ます。
協議書そのものの書き方でつまずいている場合は、遺産分割協議書の書き方とひな形でWordのひな形を配布しています。名義変更全体の流れは相続時の預金名義変更の完全ガイドを参照してください。
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本記事の制度・日数は2026年9月時点の一般的な取り扱いです。必要書類、所定用紙の名称、印鑑登録証明書の有効期限、処理にかかる日数は金融機関ごとに異なります。実際に手続きを始める前に、口座のある金融機関に直接ご確認ください。