取引先の信託銀行から「遺言信託はいかがですか」と声をかけられ、パンフレットを渡された。担当者は丁寧に説明してくれるが、資産や家族構成を聞かれるうちに、契約の話へと進んでいく。悪い提案ではない気がする。でも、本当にうちに必要なものなのか、判断がつかないまま話だけが先に進んでいく——。
✅ この記事の結論(30秒まとめ)
- 遺言信託は、信託銀行が遺言書の相談・保管から遺言の執行まで引き受けるサービス。ただし不動産の名義変更など専門的な手続きの多くは、提携する司法書士等の専門家に委託されるのが一般的
- 相続人が多い・疎遠・海外在住/遺産構成が複雑/自分で執行者を探すのが難しい、という方には有効な選択肢になり得る
- 相続人が少なく関係が良好で、遺産も預貯金中心でシンプルな場合は、公正証書遺言+信頼できる執行者の指定で目的を果たせることが多い
- 費用は着手金・執行報酬などを合わせて総額100万円前後からとされることが多く、資産規模に見合うかどうかも判断材料になる
- 結婚・離婚・孫の誕生など家族構成が変わったときは、内容の見直しや解約を検討するタイミング
「断りにくい」という気持ちの正体は、遺言信託そのものへの不安というより、「営業目的の提案なのか、自分の家族に合った提案なのか、自分では見分けがつかない」という不安であることが多いものです。だから、この記事では、遺言信託という仕組みそのものを正確に整理したうえで、向いている人・不要な人の具体的な基準と、ご自身で判断できるセルフチェックまで用意しました。
遺言信託とはどんな仕組みか
遺言信託とは、信託銀行などが遺言書の作成相談を受け、完成した遺言書を保管し、遺言者が亡くなったあとは遺言執行者として遺産の調査・財産目録の作成・遺産の名義変更までを引き受けるサービスの通称です。信託法上の「信託」とは異なり、法的には遺言書の保管と遺言執行を中心とした業務委任契約にあたります(出典:信託協会)。
ここで押さえておきたいのは、信託銀行が”すべての実務”を自社で行うわけではないという点です。大手信託銀行の公式サイトでも、相続手続きの対象となる不動産の名義変更や登記手続きなど専門的事項については、提携する司法書士等の専門家に依頼する旨が明記されています。つまり、信託銀行は遺言執行者として手続き全体を統括する役割を担い、不動産登記など個別の専門業務は提携先の司法書士・税理士が担当する、というのが実際の分担です。この点を誤解したまま契約すると、「銀行がすべて代行してくれる」というイメージと実際の業務範囲にズレが生じることがあります。
遺言書自体は、信託銀行が保管・執行を引き受けやすいよう、通常は公証役場で作成する公正証書遺言の形式が前提になります。公正証書遺言と自筆証書遺言の違いについては、公正証書遺言と自筆証書遺言はどっちがいい?費用・手間・確実性で比較で詳しく解説しています。
遺言信託が向いている人の特徴
遺言信託が力を発揮しやすいのは、次のような状況です。
- 相続人が4人以上いる、または連絡を取りづらい・疎遠な相続人がいる
- 相続人の中に海外在住の方がいる
- 不動産・非上場株式・複数の金融機関口座など、名義変更や評価に専門知識が必要な資産が多い
- 財産を法定相続人以外(お世話になった人・団体など)に渡したいという希望がある
- 遺言の内容を実行してくれる、信頼できる家族や専門家に心当たりがない
ただし1点、実務上の注意点があります。「相続人間の対立リスクが高い」ケースは、遺言信託が万能に機能するとは限りません。相続人同士の対立がすでに深刻化している場合、信託銀行側が遺言執行者への就任を辞退することがあるためです。遺言信託が向いているのは、対立の火種はあっても致命的な紛争には至っていない「意見の相違が予想される」程度の状況までで、すでに争いが始まっている場合は、弁護士など紛争対応に強い専門家への相談が優先されます。
遺言の内容を実行する人(遺言執行者)そのものの役割や選び方は、遺言執行者は誰にする?専門家に頼むメリット・デメリットと選び方で詳しく解説しています。
遺言信託が不要な人の特徴
一方で、次のような状況では、遺言信託を使わなくても目的を果たせる可能性が高いといえます。
- 相続人が1〜2人で、日頃から連絡を取り合っており、関係も良好
- 遺産の大半が預貯金で、不動産や非上場株式などの複雑な資産が少ない
- 遺言の内容を実行してくれる家族、または依頼できる司法書士・弁護士・行政書士などの専門家に心当たりがある
- 遺言に書きたい内容が「財産を誰にどう渡すか」の範囲にとどまっている(認知や相続人廃除など、身分に関する事項を含まない)
✅ 遺言信託が向いている人
✓ 相続人が多い・疎遠・海外在住の方がいる
✓ 不動産や非上場株式など、遺産構成が複雑
✓ 執行を任せられる家族・専門家に心当たりがない
❌ 遺言信託が不要な人
✕ 相続人が1〜2人で、関係も良好
✕ 遺産の大半が預貯金でシンプル
✕ 頼れる家族や専門家に心当たりがある
契約後に見直し・解約が必要になるケース
遺言信託は一度契約したら終わりではありません。次のような家族構成や状況の変化があったときは、内容の見直し、場合によっては解約を検討するタイミングです。
- 相続人となる家族が結婚・離婚した、子や孫が生まれた
- 遺言に記載した財産の内容や評価額が大きく変わった(不動産の売却・取得、事業承継など)
- 遺贈しようと考えていた相手(親族以外を含む)との関係が変化した
- 遺言執行者として指定した信託銀行の担当エリアや取扱方針が変わった
見直しには手数料がかかる場合があるため、契約時にどのタイミングでどの程度の費用がかかるかを確認しておくと、あとで想定外の負担に驚かずに済みます。
公正証書遺言そのものの費用感を確認したい方は、公正証書遺言の費用・手数料はいくら?財産額別の目安と追加費用の落とし穴もご参照ください。
💡 実務知見:海外在住の相続人がいる場合の落とし穴
海外に住む相続人がいると、住民票や印鑑証明書が取得できず、遺産分割協議や相続登記の手続きが止まってしまうことがあります。この場合、現地の日本領事館等で発行される「在留証明書」と署名証明(サイン証明)で代用するのが一般的な対応です。遺言書を作成し遺言執行者を指定しておけば、相続人全員の合意(遺産分割協議)を経ずに手続きを進められるため、海外在住の相続人がいるご家庭では特に有効な備えになります。(当窓口に寄せられた相談をもとに再構成した典型例です)
「不要な人には不要」と、はっきり言います
✅ 不要な人には、不要です
遺言信託は、着手金・保管料・執行報酬などを合わせると、一般に総額100万円前後からの費用がかかるとされています(基本手数料30〜150万円+最低執行報酬30〜110万円程度が目安)。相続人が少なく関係も良好で、遺産も預貯金中心でシンプルな場合、この費用に見合うだけの実務上のメリットが得られないことも少なくありません。上記で「不要な人」に近いと感じた方は、無理に契約する必要はありません。公正証書遺言を作成し、信頼できるご家族か、必要に応じて司法書士・行政書士など専門家を遺言執行者に指定しておくだけで、多くの場合は目的を十分に果たせます。
遺言以外の選択肢として家族信託を検討している方は、家族信託のデメリットと費用|後悔しないための判断基準を中立の立場で解説もあわせてご確認ください。
あなたはどちらのタイプ?5つのセルフチェック
以下の項目のうち、当てはまるものを数えてみてください。該当した数に応じて、次に進むべき方向性が見えてきます。
- ☐ 相続人が4人以上いる、または連絡を取りづらい・疎遠な相続人がいる
- ☐ 相続人の中に海外在住の方がいる
- ☐ 不動産・非上場株式など、名義変更や評価に専門知識が必要な資産が含まれている
- ☐ 遺言の内容を実行してくれる、信頼できる家族や専門家に心当たりがない
- ☐ 相続人間で意見の相違が予想される(すでに深刻な対立がある場合は除く)
該当した数で分かること
0〜1個:公正証書遺言で十分な可能性が高い
遺言信託を使わなくても、公正証書遺言と信頼できる執行者の指定で目的を果たせる可能性が高い状況です。
2〜3個:判断が必要な論点があります
遺言信託が有効な場合とそうでない場合が分かれる状況です。生前対策診断でご自身の状況を整理してみましょう。
4個以上:積極的に検討する価値がある状況です
遺言信託や専門家との連携が有効に働きやすい状況です。生前対策診断を活用し、選択肢を比較してください。
上のチェックで該当が0〜1個だった方は、遺言信託を契約しなくても、公正証書遺言と信頼できる執行者の指定だけで目的を果たせる可能性が高い状況です。無理に高額な契約をする必要はありません。
よくある質問
銀行の担当者に勧められて、断りにくいのですが……
断る際は「他の方法とも比較してから決めたい」と伝えれば十分です。契約を急ぐ必要はなく、信託銀行以外の選択肢(公正証書遺言+ご家族や専門家への依頼)と比較検討してから決めても遅くありません。
契約した後、途中でやめる(解約する)ことはできますか?
多くの遺言信託は途中解約が可能です。ただし解約手数料や、それまでに支払った着手金が戻らない場合があるため、契約前に解約条件を確認しておくことをおすすめします。
遺言信託と、専門家に遺言執行者を依頼することの違いは何ですか?
どちらも「遺言の内容を実行する人」を決める点は共通していますが、遺言信託は信託銀行が窓口となり保管から執行まで一括で担うのに対し、司法書士や弁護士など個人の専門家に依頼する場合は、遺言作成時に別途遺言執行者として指定しておく形になります。費用体系や対応できる業務範囲が異なるため、比較検討をおすすめします。
家族信託と迷っています。何が違いますか?
遺言信託は「亡くなった後」の手続きに特化したサービスであるのに対し、家族信託は「生きているうち」の資産管理(認知症対策など)から死後の承継まで幅広くカバーできる仕組みです。目的が異なるため、認知症などによる生前の資産凍結が心配な場合は家族信託もあわせて検討する価値があります。
まだ家族に遺言の話をしていませんが、大丈夫でしょうか?
遺言の内容を事前に伝えるかどうかは任意ですが、相続開始時に初めて内容を知った相続人が納得できず、トラブルになるケースも報告されています。可能であれば、遺言執行者を誰にするかだけでも、事前に家族へ伝えておくと安心です。
まとめ
遺言信託は、相続人が多い・疎遠・海外在住である、遺産構成が複雑である、自分で執行者を探すのが難しい、といった状況で力を発揮するサービスです。一方、相続人が少なく関係も良好で、遺産もシンプルな場合は、公正証書遺言と信頼できる執行者の指定だけで、多くの場合は目的を十分に果たせます。大切なのは「銀行に勧められたから」ではなく、ご自身の家族構成と資産の状況に照らして判断することです。まずはセルフチェックの結果をもとに、ご自身の状況を整理してみてください。
本記事は複数の提携行政書士による監修体制のもと、一般的な情報提供を目的として作成しています。掲載している費用相場は公開情報にもとづく一般的な目安であり、実際の金額は信託銀行や契約内容により異なります。個別の税額計算や法的判断については、税理士・弁護士など専門家にご相談ください。なお、提携保険代理店をご紹介する場合、当社が紹介料を受け取ることがあります。