不動産管理会社から電話がありました。「空室の入居者募集にあたって、リフォーム工事の契約書にオーナー様のご署名が必要です」。名古屋市郊外でアパートを3棟所有するお父様は、最近物忘れが目立つようになっていました。契約書を前にして、何度説明しても内容を理解できず、その場でサインができませんでした。工事は止まったまま、空室の家賃収入だけが失われていきました。
✅ この記事の結論(30秒まとめ)
- アパートオーナーが認知症になると、口座凍結と同じ理屈で「契約行為」が止まり、空室対応・修繕・賃料改定・売却の意思決定ができなくなります
- 家族信託を組んでおけば、受託者(多くは子)が信託契約の範囲内で管理・契約行為を継続できます
- 契約書に「借入」「大規模修繕」「売却」の権限をどこまで含めるかが、実務上の設計のカギです
- デメリット・費用の詳細は「家族信託のデメリットと費用」も必ずあわせてご確認ください
「管理会社に任せているから大丈夫」——多くのオーナーはそう考えています。しかし管理会社が代行できるのは日常的な入居者対応までで、契約の当事者はあくまでオーナー本人です。本当の問題は、判断能力が低下した瞬間に、家賃収入を生み続けてきた資産が「動かせない資産」に変わってしまうことにあります。だから、この記事では、アパート経営における資産凍結の具体的な起こり方と、家族信託で何を止めずに済むのかを整理します。
賃貸オーナーが認知症になると、何が止まるか
賃貸経営は、口座からお金を引き出す以上に「契約」の連続です。入居者との賃貸借契約の更新、退去後のリフォーム・修繕契約、家賃保証会社との契約更新、家賃改定の通知、大規模修繕やリフォームローンの借入、そして最終的な売却の判断。これらはすべて、オーナー本人が契約内容を理解し、意思表示できることが前提になっています。判断能力が低下すると、管理会社や不動産会社がどれだけ動いても、オーナー本人の署名・意思確認ができない限り契約は前に進みません。空室が埋まらないまま家賃収入が減り、必要な修繕もできず物件の資産価値も下がっていく——これが「アパート版の資産凍結」です。銀行口座の凍結の仕組みについては認知症による口座凍結とは?銀行の判断基準と防ぐ7つの対策で解説していますので、あわせてご覧ください。
家族信託でできること・受託者の権限設計
家族信託を組んでおくと、オーナー(委託者)が元気なうちに、アパートを信託財産として子などの家族(受託者)に託すことができます。契約後は、受託者が信託契約の範囲内でアパートの管理・契約行為を行えるようになり、オーナー本人の判断能力が低下した後も、入居者募集・修繕契約・賃料改定といった意思決定を止めずに続けられます。成年後見制度と違い、家庭裁判所の許可を都度得る必要がなく、家族だけで機動的に対応できる点が実務上の大きなメリットです。家族信託全体の仕組みと任意後見・成年後見との違いは家族信託で親の”資産凍結”を防ぐ|アパート・自社株の信託と任意後見・成年後見との違いで整理していますので、あわせてご覧ください。
信託契約に何を書き込むか(権限区分の実務ポイント)
アパートを信託財産にする場合、契約書には「受託者ができること」を具体的に定めておく必要があります。特に実務で論点になりやすいのが次の3つです。
- 日常の管理・修繕: 入居者対応、通常の修繕、賃貸借契約の更新など。多くの信託契約でカバーされる基本的な範囲です
- 大規模修繕・借入: 建物の建替えやリフォームローンの借入まで受託者の権限に含めるかどうかは、契約時に明記しておく必要があります。含めていないと、必要になった時点で金融機関の融資審査を通せないことがあります
- 売却: 将来的に物件を売却する可能性がある場合は、売却権限とその条件(売却先・最低価格の目安など)をあらかじめ話し合っておくことが望まれます
権限の範囲をどこまで広げるかは、家族の状況や物件の将来計画によって変わります。契約書の設計段階で、専門家を交えて具体的に話し合っておくことが重要です。
受託者が管理する家賃収入は、受託者個人の生活口座と混ぜず、「信託口口座」など分別できる口座で管理するのが基本です。個人口座に家賃収入を入れてしまうと、万一受託者本人が亡くなったり差押えを受けたりした際に、信託財産まで一緒に扱われてしまうリスクがあります。金融機関によって信託口口座への対応可否が異なるため、契約前に取扱いを確認しておくことをおすすめします。
家族信託が不要なケースもあります
すでにアパートの売却を予定しており今後の契約行為が発生する見込みがない場合や、賃貸物件を所有していない場合は、家族信託を急ぐ必要性は高くありません。また、すでに判断能力の低下が進み本人の意思確認ができない状態であれば、家族信託ではなく成年後見制度の検討が現実的な選択肢になります。デメリットや費用の詳細は家族信託のデメリットと費用もあわせてご確認ください。
セルフチェック:アパート経営者が家族信託を検討すべき状況か
- アパート・マンションなど賃貸中の不動産を所有している
- 今後、大規模修繕・建替え・売却を検討する可能性がある
- オーナー本人の判断能力に不安を感じる場面がある(物忘れ、同じ話の繰り返しなど)
- 信頼して管理を任せられる家族(子など)がいる
- 複数の相続人がいて、将来の不動産の扱いで意見が分かれそうである
該当数による目安
0〜1個: 今すぐ検討を急ぐ必要は高くありません。無理に相談される必要はなく、まずは管理会社との窓口対応を継続してください。
2〜3個: 判断が必要な論点があります。下記の診断でご自身の状況を整理してみてください。
4個以上: 契約設計を専門家と一緒に進めた方が早い状況です。面談での相談をおすすめします。
よくある質問(FAQ)
家族信託の費用はどれくらいかかりますか?
アパートなど不動産を信託財産に含める場合、専門家へのコンサルティング報酬に加えて、信託登記の登録免許税や司法書士報酬がかかります。愛知県内の目安と内訳は家族信託の費用相場はいくら?愛知県内の目安と内訳で解説しています。
管理会社に任せているから大丈夫ではないですか?
管理会社は入居者対応など日常業務の代行はできますが、契約の当事者はあくまでオーナー本人です。オーナーの判断能力が低下すると、管理会社が間に入っても契約行為そのものが進められなくなります。
まだ元気なので検討するのは早すぎませんか?
家族信託は契約を結ぶ判断能力があるうちにしか組めません。物件の管理を止めずに続けるための備えとして、元気なうちに検討しておくことが結果的に選択肢を広げます。
ローン(借入)が残っている物件でも信託できますか?
ローンが残っている物件を信託財産にする場合、金融機関(債権者)の承諾が必要になるのが一般的です。信託契約を結ぶ前に、借入先の金融機関に相談しておくことをおすすめします。
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本記事は司法書士 今井 裕司(愛知第1112号/簡裁認定 第118116号)監修のもと、一般的な情報提供を目的として作成しています。個別の契約設計・税額計算は、司法書士・税理士・弁護士などの専門家にご相談ください。
この先どうするか、決めかねている方へ
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