定時株主総会の招集通知が届きました。議案は役員改選と後継者である長男への代表権移譲。ところが創業社長であるお父様は、この1年で急に物忘れが増え、議案の内容をうまく理解できなくなっていました。議決権を行使できるのは株主であるお父様本人だけ。会社の重要な意思決定が、目の前で止まろうとしていました。
✅ この記事の結論(30秒まとめ)
- 経営者が認知症になると、株主としての議決権行使ができなくなり、役員選任や重要決議など会社の意思決定が止まるリスクがあります
- 家族信託により、受託者が信託契約の範囲内で議決権を行使できる設計が可能です
- ただし指図権の設計など高度な内容を含むため、税理士・弁護士など専門家との連携が前提になります
- デメリット・費用の詳細は「家族信託のデメリットと費用」もあわせてご確認ください
「後継者はもう決まっているから大丈夫」——多くの経営者はそう考えています。しかし本当の問題は、後継者が決まっていても、株式の名義と議決権が現経営者本人に残っている限り、本人の判断能力に会社の意思決定が左右され続けるという点にあります。役員改選も、重要な契約の承認も、止まってしまえば会社の実務そのものが立ち行かなくなります。だから、この記事では、自社株が凍結されるとは具体的にどういう状態か、そして家族信託でどこまで備えられるのかを整理します。
経営者が認知症になると、なぜ会社の意思決定が止まるのか
非上場会社では、経営者自身が大株主であることが一般的です。株主総会での議決権行使、役員の選任・解任、定款変更、重要な契約の承認といった意思決定は、株主としての本人の判断能力を前提にしています。判断能力が低下すると、本人による議決権行使ができなくなり、後継者が実質的に経営を担っていても、株主総会の決議そのものが成立しなくなる事態が起こり得ます。代表者印の管理や、契約書への押印判断も同様に止まります。銀行口座の凍結と同じ構造の問題が、会社という単位でも起きるということです。個人の資産凍結の仕組みは認知症による口座凍結とは?銀行の判断基準と防ぐ7つの対策で解説していますので、あわせてご覧ください。
家族信託で自社株をどう設計するか
自社株を信託財産とする家族信託を組むと、株式の名義は受託者(多くは後継者である子)に移り、受託者が信託契約の範囲内で議決権を行使できるようになります。現経営者(委託者)が判断能力を失っても、受託者が議決権行使や役員改選の手続きを進められるため、会社の意思決定を止めずに済みます。一方で、経営権(議決権行使の実質的な指図)を現経営者に一定期間残しておきたい場合は、「指図権者」を別途定め、現経営者が判断できる間は指図に従い、判断能力が低下した後は受託者の判断に委ねるといった段階的な設計も可能です。ただしこうした設計は事業承継・税務・会社法の知識を横断する高度な領域であり、税理士・弁護士など専門家との連携が前提になります。家族信託全体の仕組みは家族信託で親の”資産凍結”を防ぐ|アパート・自社株の信託と任意後見・成年後見との違いで整理していますので、あわせてご覧ください。
指図権・議決権行使の実務ポイント(専門家連携が前提)
自社株の信託設計で実務上論点になりやすいのは、次のような点です。
- 議決権行使の範囲: 通常決議・特別決議のどこまでを受託者に任せるか、あらかじめ契約書で線引きしておく必要があります
- 指図権者の設計: 現経営者の判断能力があるうちは指図に従う設計にするかどうかは、事業承継の時期や後継者の準備状況によって変わります
- 他の株主・親族株主との調整: 名義株や親族が保有する少数株式が整理されていないと、信託設計自体が複雑になることがあります
これらはいずれも会社法・税務・信託法にまたがる専門的な判断が必要です。自己流の契約書では意図した設計が法的に無効となるリスクもあるため、事業承継に詳しい専門家(税理士・弁護士・司法書士等)との連携のもとで進めることが欠かせません。
自社株の信託を検討する際、実は信託の設計以前に「名義株」の整理が先に必要になるケースが少なくありません。先代やその親族の名義になったままの株式が残っていると、真の株主が誰かを確定させないまま信託契約を結ぶことができず、後になって株主間のトラブルにつながることがあります。信託の相談を始める前に、株主名簿・株券の有無を一度整理しておくと手続きがスムーズです。
家族信託が不要なケースもあります
すでに自社株の生前贈与や事業承継税制の活用によって株式の移転が完了している場合や、非上場会社であっても株主が経営者一人のみで議決権の帰属が経営に影響しない小規模な体制の場合は、家族信託を急ぐ必要性は高くありません。逆に、すでに経営者の判断能力の低下が進んでいる場合は、家族信託ではなく成年後見制度による対応が必要になります。デメリットや費用の詳細は家族信託のデメリットと費用もあわせてご確認ください。
セルフチェック:自社株の家族信託を検討すべき状況か
- 自身または親族が経営する非上場会社の株式(自社株)を保有している
- 株主総会での議決権行使や役員改選の判断が必要な場面がある
- 後継者は決まっているが、経営者本人の体調・判断能力に不安がある
- 株式の分散(名義株・親族株主)が整理されていない
- 事業承継について税理士・弁護士にまだ相談したことがない
該当数による目安
0〜1個: 今すぐ検討を急ぐ必要は高くありません。無理に相談される必要はありません。
2〜3個: 判断が必要な論点があります。下記の診断でご自身の状況を整理してみてください。
4個以上: 事業承継・税務の論点が絡むため、専門家との面談を早めにおすすめします。
よくある質問(FAQ)
家族信託の費用はどれくらいかかりますか?
自社株のように評価が複雑な財産を信託する場合、専門家報酬は一般的な家族信託より高くなる傾向があります。愛知県内の目安と内訳は家族信託の費用相場はいくら?愛知県内の目安と内訳で解説しています。
まだ社長は現役なので、検討するのは早すぎませんか?
家族信託は契約時点で本人に判断能力があることが前提です。現役でお元気なうちにしか組めない仕組みなので、早すぎるということはありません。むしろ判断能力が低下してからでは選択肢が大きく狭まります。
会社の代表者印の管理は家族信託で解決しますか?
代表者印そのものの管理は会社の内部統制の問題であり、家族信託は直接は解決しません。ただし議決権の行使や役員改選が受託者によって進められるようになれば、代表権の移譲判断もあわせて進めやすくなります。
事業承継税制と家族信託はどちらを使うべきですか?
どちらか一方を選ぶものではなく、目的が異なります。事業承継税制は株式移転時の税負担を猶予・免除する制度、家族信託は判断能力低下時の議決権行使を確保する仕組みです。併用を前提に、税理士と設計を進めるケースが一般的です。
あわせて読みたい
- 家族信託で親の”資産凍結”を防ぐ|アパート・自社株の信託と任意後見・成年後見との違い
- 家族信託のデメリットと費用|後悔しないための判断基準を中立の立場で解説
- 家族信託の費用相場はいくら?愛知県内の目安と内訳
本記事は司法書士 今井 裕司(愛知第1112号/簡裁認定 第118116号)監修のもと、一般的な情報提供を目的として作成しています。事業承継・自社株の信託設計は会社法・税務にまたがる高度な内容を含むため、税理士・弁護士など専門家に必ずご相談ください。
この先どうするか、決めかねている方へ
当社は手続きそのものをお受けしていないため、「いまは何もしなくて大丈夫です」という結論をお伝えしても困りません。ご相談を無料にしているのは、そのためです。実際の手続きをご依頼になる場合は、提携先の専門家が有償で承ります。ご希望に応じて提携先をご紹介した際に紹介料を受け取る場合がありますが、紹介料の有無でご提案の内容は変えません。