先月、実家の親に付き添って病院を受診したところ、「軽度の認知症です」と告げられました。診断書を受け取った帰り道、頭に浮かんだのは「もう何もできないのだろうか」という不安でした。任意後見という制度があるとインターネットで見つけたものの、今から契約できるのか、それとももう手遅れなのか、調べれば調べるほど分からなくなってしまう——。
✅ この記事の結論(30秒まとめ)
- 認知症の診断を受けていても、契約内容を理解し自分の意思で判断できる状態なら、任意後見契約を結べる可能性があります
- 契約締結時に本人に意思能力(判断能力)があることが前提で、公証人が本人と面談して個別に確認します
- 診断名だけで一律に契約の可否が決まるわけではなく、軽度の段階では結べるケースが多いのが実情です
- 公証人が意思能力に疑いがあると判断した場合は、その場で公正証書の作成を見合わせることがあります
- すでに判断能力を欠く常況にある場合は、任意後見契約ではなく法定後見(成年後見)の申立てが必要です
「もう遅いかもしれない」という不安の正体は、実は「認知症=契約できない」という思い込みであることが少なくありません。実際には、診断名そのものではなく、契約の内容を理解し自分の意思で判断できるかどうかが基準になります。そして、この判断は医師ではなく、公正証書を作成する公証人が個別に行います。だから、この記事では、まだ結べる可能性がある場合の進め方と、難しいと判断された場合に切り替えるべき法定後見(成年後見)への道筋の、両方が分かるようにしました。
そもそも任意後見契約に必要な「判断能力」とは
任意後見契約も、ほかの契約と同じく、契約を結ぶ時点で本人に「意思能力」があることが前提です。意思能力とは、自分の行為がどのような結果をもたらすかを理解し、判断できる精神的な能力のことで、契約書に何を書くか、誰を後見人に選ぶか、将来どこまで財産管理や身の回りのことを任せるかを、自分の言葉で理解し選べる状態を指します。
ここで誤解されやすいのが、「認知症の診断を受けている=意思能力がない」という考え方です。しかし認知症は症状の程度に大きな幅があり、日本公証人連合会も、認知症であるからといって直ちに判断能力が欠けていると評価されるわけではないとしています。診断名だけで一律に契約の可否が決まるわけではなく、実際にどこまで契約内容を理解し判断できるかが基準になります。
なお、任意後見契約全体の仕組みや流れ、公正証書の作り方については、任意後見契約を公証役場で作る完全ガイドで詳しく解説していますので、あわせてご確認ください。
誰が、どうやって判断能力を確認するのか
任意後見契約は、公証役場で公正証書として作成することが法律上の要件です。このとき、契約当事者である本人に意思能力があるかどうかを確認するのは、医師ではなく公証人です。公証人は、契約締結の当日に本人と直接面談し、本人や関係者からの説明、必要に応じて医師の診断内容なども参考にしながら、個別に判断能力の有無を判断します。
・本人との面談での受け答え(契約内容を自分の言葉で説明できるか)
・家族など関係者からの状況説明
・必要に応じて求められる医師の診断書・意見書
・過去の生活状況(金銭管理や意思決定を自分で行えていたか)
法律上、診断書の提出が必須と定められているわけではありませんが、公証人が必要と判断した場合は、医師の診断書や意見書の提出を求められることがあります。そして、面談の中で公証人が「本人の意思を確認できない」と判断した場合は、その場で公正証書の作成を見合わせることもあります。つまり、契約できるかどうかの最終的な判断は、実際に公証役場で本人に会ってみないと分からない部分が大きい、というのが実情です。
手続きにかかる費用の目安や必要書類の詳細は、任意後見制度の費用はいくら?月額報酬・手続き費用と家族信託との違いでまとめています。
まだ結べる可能性が高いケース・境界線の目安
「どこからが結べなくて、どこまでなら結べるのか」という境界線は、医学的な診断基準として一律に決まっているわけではありません。ただ、実務上の傾向として、次のような状態であれば、契約を結べる可能性が比較的高いといえます。
- 軽度認知障害(MCI)や、認知症の診断が「軽度」「初期」とされている
- 日常の買い物や金銭管理に多少の不安はあっても、大きな支障なくこなせている
- 誰を後見人にしたいか、どこまで財産管理や身の回りのことを任せたいかを、自分の言葉で説明できる
- 今日の日付や自分がいる場所など、基本的な状況を把握できている
逆に、契約の内容を繰り返し説明しても理解が難しい、直前の会話の内容を覚えていられない、といった状態が続いている場合は、公証人が意思確認を見合わせる可能性が高くなります。押さえておきたいのは、「診断名」ではなく「契約内容を理解し、自分の意思で選べるかどうか」で判断されるという点です。迷う場合は、公証役場へ事前相談の予約を入れ、実際に相談してみるのが最も確実な確認方法になります。
「結べない」と判断された場合ー法定後見(成年後見)への切り替え
公証人との面談で意思能力に疑いがあると判断された場合、あるいはすでに日常生活で判断能力を欠く常況にあると考えられる場合は、任意後見契約を結ぶことはできません。この場合に利用するのが、家庭裁判所が後見人等を選任する「法定後見(成年後見)制度」です。法定後見には、判断能力の程度に応じて後見・保佐・補助の3類型があり、家庭裁判所へ申立てを行うことで手続きが始まります。任意後見と異なり、後見人等を本人が選ぶことはできず、家庭裁判所が本人にとって適任と判断する人を選任します。
法定後見の申立てにかかる費用や必要書類、名古屋家庭裁判所での実際の手続きの流れは、成年後見制度の費用・デメリットと「使いにくさ」|認知症になる前にできる備えで詳しく解説しています。「もう任意後見は難しいかもしれない」と感じた方は、こちらもあわせてご確認ください。
「まだ間に合う」場合の進め方
境界線の目安に照らして、まだ契約を結べる可能性があると感じた場合は、次の順番で進めます。
- 誰に将来の財産管理と身上監護を任せたいか、家族内で話し合う
- 公証役場へ事前に電話やメールで相談し、必要書類と当日の流れを確認する
- 本人の戸籍謄本・住民票、受任者の住民票など必要書類をそろえる
- 公証役場で本人・受任者・公証人が同席し、契約内容を確認しながら公正証書を作成する
- 法務局へ任意後見契約の登記が嘱託される
大切なのは、「まだ迷っている」段階でも、公証役場への事前相談だけは早めに済ませておくことです。実際に契約するかどうかは、相談してから決めても遅くありません。相談の時点で契約を確約する必要はなく、状況を確認したうえで持ち帰って家族と話し合うこともできます。
公証人は、契約締結の当日に本人と直接面談し、必要に応じて医師の診断内容も参考にしながら、判断能力の有無を個別に確認します。認知症の診断を受けているという事実だけで、一律に契約が結べなくなるわけではありません。日本公証人連合会も「認知症であるからといって直ちに判断能力が欠けていると評価されるわけではない」としており、軽度認知障害(MCI)や診断初期の段階では、契約内容を理解し自分の意思で決められると判断されれば、契約を結べるケースが多いのが実情です。逆に、面談の中で意思確認が難しいと公証人が判断した場合は、その場で契約の作成を見合わせることもあります。
・すでに日常的な会話の理解や意思疎通が難しく、契約内容の説明を受けても判断が難しい状況にある方(→この記事で解説した法定後見(成年後見)の申立てをご検討ください)
・すでに家族信託などの生前対策を整えており、財産管理の受け皿が用意できている方
・本人の判断能力にまったく不安がなく、当面の生活にも支障がない方(この記事で境界線を確認したうえで、時期を見て検討すれば十分です)
ご自身に当てはまるか セルフチェック
- 最近1年で、同じ話を繰り返す・約束を忘れることが増えた
- 預貯金の管理や公共料金の支払いを、一人で正確に行うのが難しくなってきた
- すでに認知症(または軽度認知障害)の診断を受けている
- 日によって、今日の日付や自分のいる場所が分からなくなることがある
- 家族や周囲が契約や手続きの内容を説明しても、ほとんど理解できない
よくある質問(FAQ)
Q1. すでに認知症の診断を受けています。もう任意後見契約は結べませんか?
診断を受けていることだけで、一律に結べなくなるわけではありません。契約内容を理解し、自分の意思で判断できる状態であれば、契約を結べる可能性があります。実際に結べるかどうかは、公証役場で公証人に会ってみないと分からない部分が大きいため、まずは事前相談の予約をしてみることをおすすめします。
Q2. 契約には医師の診断書が必要ですか?
法律上、診断書の提出が必須と定められているわけではありません。ただし、公証人が判断能力の確認のために必要と判断した場合は、医師の診断書や意見書の提出を求められることがあります。事前相談の際に、公証役場に確認しておくと安心です。
Q3. 本人が病院から出られないのですが、家族が代わりに契約することはできますか?
任意後見契約は本人自身の意思にもとづいて結ぶ契約であるため、家族が本人に代わって締結することはできません。体調により公証役場への来所が難しい場合は、公証人が病院や自宅へ出張して手続きを行える制度もあるため、公証役場に相談してみてください。
Q4. 軽度認知障害(MCI)と診断されていますが、契約できますか?
MCIの段階では、日常生活に大きな支障がなく契約内容を理解できると判断されれば、契約を結べるケースが多いのが実情です。ただし最終的な判断は公証人が個別に行うため、診断を受けた早い段階で公証役場へ相談することをおすすめします。
Q5. 公証人に契約を見合わせると言われたら、次に何をすればいいですか?
任意後見契約ではなく、法定後見(成年後見・保佐・補助)の申立てを検討することになります。家庭裁判所への申立て手続きや費用については、成年後見制度の費用・デメリットと「使いにくさ」で詳しく解説しています。
まとめ:境界線は「診断名」ではなく「理解し判断できるか」
任意後見契約が結べるかどうかは、認知症の診断名だけで決まるものではありません。契約内容を理解し、自分の意思で選べるかどうかを、公証人が本人との面談を通じて個別に判断します。軽度の段階であれば結べる可能性は十分にありますし、判断が難しいと言われた場合も、法定後見(成年後見)という次の選択肢があります。まずは公証役場への事前相談で、ご自身やご家族が今どちらの位置にいるのかを確認することから始めてください。
任意後見や法定後見の手続きが整うまでの間も、医療費や生活費の支払いは待ってくれません。手続き中の一時的な資金不足に備える方法として、生命保険の受取人指定や指定代理請求特約を活用する家庭もあります。保険で備えられる範囲とそうでない範囲を確認したい方は、生命保険と相続の完全ガイドをご覧ください。
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本記事は一般的な情報提供を目的として作成しており、個別の法的・税務判断を保証するものではありません。判断能力の有無は公証人が個別の面談等を通じて確認するものであり、実際の手続きにあたっては、最寄りの公証役場・家庭裁判所、および税理士・弁護士・司法書士など専門家にご確認ください。監修:提携行政書士法人による監修体制。