再婚して、今の妻と子どもとの生活が長くなった。それでも、前の結婚のときの子どもがいることが頭の隅に残っている——そういうご相談は少なくありません。何十年も会っていない、養育費は払い終えた、向こうも家庭を持っている。それでも法律上、前妻との間の子は、今の家族の子とまったく同じ順位・同じ割合の相続人です。この事実は、離婚しても、疎遠でも、変わりません。
そのうえで、できることはあります。遺言で取り分を動かすこと、遺留分という下限を正しく見積もること、そして「連絡が取れないまま亡くなる」という最悪の展開を避けること。この記事では、愛知県内で相続の相談を受けている当社の視点から、再婚した方が実際に手を打つ順番で整理します。
先に結論:前妻の子は、今の子と同じ割合の相続人
ポイントは3つです。前妻自身は相続人ではありません(離婚した時点で配偶者ではなくなるため)。前妻の子は相続人です(離婚しても親子関係は切れないため)。そして今の妻の連れ子は、養子縁組をしていなければ相続人ではありません。「一緒に育てたのだから当然に残せる」と思っていた方が、ここでつまずきます。
遺言で取り分は動かせる。ただし遺留分は残る
遺言を書けば、法定相続分と違う分け方を指定できます。「全財産を妻に相続させる」と書くこともできます。ただし子には遺留分という下限が保障されています(民法1042条)。遺留分の総枠は遺産の1/2で、それに各自の法定相続分を掛けたものが、その人の遺留分です。
この例で「全財産を妻に」と遺言すると、前妻の子は妻に対して500万円の支払いを請求できます。2019年7月の改正で、遺留分は不動産の持分を取り戻す権利ではなく金銭の支払いを求める権利になりました(民法1046条)。つまり、自宅が共有になって身動きが取れなくなる事態は避けられる一方、妻が現金500万円を用意しなければならないという別の問題が生まれます。ここが再婚家庭の相続で一番詰まるところです。
なお、遺留分侵害額請求には期限があります。相続の開始と遺留分を侵害する遺贈・贈与があったことを知った時から1年、相続開始から10年で消滅します(民法1048条)。「知らせなければ時効で消える」と考える方がいますが、相続人には戸籍で調べる手段があり、金融機関や法務局の手続きの過程で表に出ます。時効頼みの設計は勧められません。
「前妻の子に相続させたくない」と考えたときの現実的な選択肢
結論から言えば、前妻の子の相続権をゼロにする方法は、実質的にありません。できるのは「取り分を遺留分の線まで下げる」ことと、「その遺留分を、もめない形であらかじめ用意しておく」ことです。選択肢を並べます。
✔ 現実的に効く手
✔ 遺留分相当を渡す遺言を書く。金額を指定して「これで完結」の形にする
✔ 生命保険で現金を用意する。妻が遺留分を払える原資になる
✔ 遺言執行者を指定する。妻が前妻の子と直接やりとりせずに済む
✔ 付言事項で理由を書き残す
✖ 期待できない手
✖ 相続人廃除。虐待・重大な侮辱・著しい非行が要件で、疎遠なだけでは認められない
✖ 直前の駆け込み贈与。相続人への贈与は原則10年分が遺留分の計算に入る
✖ 存在を伏せて全部を妻に。あとから請求が来て、妻が矢面に立つ
生前贈与は「10年」に注意
今の妻や子に生前贈与をして、相続時の財産を減らしておく方法があります。ただし相続人に対する贈与は、相続開始前10年間にしたもの(婚姻・養子縁組のためまたは生計の資本としての贈与に限る)が遺留分算定の基礎に加算されます(民法1044条3項)。相続人でない人への贈与は原則1年間です。亡くなる直前にまとめて動かしても、遺留分の計算では戻されるということです。時間をかけて計画的に行うなら意味がありますが、贈与税の扱いは別途、税理士にご確認ください。
生命保険は有効。ただし「極端な偏り」には注意
死亡保険金は受取人固有の財産とされ、原則として遺産分割の対象にも遺留分算定の基礎財産にもなりません。今の妻を受取人にしておけば、遺産分割協議を経ずに現金が届き、それを遺留分の支払いに充てられます。実務での使い勝手はかなり良い手段です。
ただし万能ではありません。最高裁は、保険金受取人である相続人と他の相続人との間に生じる不公平が到底是認できないほど著しいと評価すべき特段の事情があるときは、特別受益に準じて持ち戻しの対象になりうると判断しています(最高裁平成16年10月29日決定)。財産のほとんどを保険に振り替えて前妻の子の取り分をほぼ消す、といった極端な使い方はリスクがあります。保険と遺留分の関係は相続における生命保険の扱いと遺留分の関係で詳しく扱っています。
相続人廃除の要件は厳しい
民法892条は、遺留分を持つ推定相続人が被相続人に対して虐待をした、重大な侮辱を加えた、その他の著しい非行があった場合に、家庭裁判所へ廃除を請求できると定めています。遺言で廃除の意思を示しておくこともできます(民法893条)。ただし家庭裁判所の判断は慎重で、「長年疎遠だった」「連絡をよこさない」といった事情では認められないのが通例です。廃除を前提にした設計は、外れたときの被害が大きいのでお勧めしません。
遺言の書き方|金額を指定し、付言で理由を残す
再婚家庭の遺言は、「誰に何を」を曖昧にしないことが肝心です。とくに前妻の子については、不動産の持分ではなく金額で指定するほうが、後の手続きが軽くなります。
第2条 遺言者は、○○銀行○○支店の預金のうち金○○○万円を、長男○○○○(平成○年○月○日生)に相続させる。
第3条 遺言者は、金五〇〇万円を、長女○○○○(昭和○年○月○日生・遺言者と前妻○○との間の子)に相続させる。
第4条 前各条に記載のない一切の財産は、妻○○○○に相続させる。
第5条 遺言者は、本遺言の遺言執行者として○○○○を指定する。
付言事項には法的な効力はありません。それでも、再婚家庭の遺言では入れる価値があります。遺留分侵害額請求は多くの場合、金額そのものより「何の説明もなく切られた」という感情から起こります。事実を短く、責めずに書きます。
付言事項の例
○○(長女)へ。離れて暮らすことになってから、十分なことをしてやれませんでした。今の家族と築いた住まいを守るため、財産の大半を妻に残す形にしています。あなたには金五〇〇万円を用意しました。少ないと感じるかもしれませんが、私なりに考えた区切りです。妻や弟妹に対して、この内容で争わないでほしいというのが最後の願いです。
形式は公正証書遺言を強くお勧めします。再婚家庭は、遺言そのものの有効性を争われやすい類型だからです。「認知症だったのではないか」「誰かに書かされたのではないか」という主張に対して、公証人が本人の意思を確認して作成した記録があるかどうかは大きな差になります。自筆で書く場合の作法は遺言書の書き方【手書き】自筆証書遺言の例文と作成手順に、遺言執行者の選び方は遺言執行者は誰にする?専門家に頼むメリット・デメリットと選び方にまとめています。
今日の一歩:前妻の子を「特定できる情報」を、戸籍でそろえる
上の条項例を自分の遺言にするには、前妻との間の子の氏名と生年月日が要ります。記憶の名前だけで書くと、同姓同名や改名で特定が揺れます。確かめる方法は戸籍で、本人に連絡する必要はありません(遺言の作成に相続人の同意はいりません)。
行き先は市区町村の戸籍の窓口です。2024年3月から広域交付が始まり、最寄りの市区町村の窓口で、本籍地が他県でもまとめて請求できるようになりました。持ち物は顔写真付きの本人確認書類(マイナンバーカード・運転免許証・パスポートなど)で、郵送と代理人は使えません。窓口では「遺言を作るので、自分の出生から現在までの戸籍を、途切れなく全部」と伝えてください。前の結婚と離婚、その間に生まれた子の氏名・生年月日が、ここで確認できます。
住所まで確かめたいときは戸籍の附票を取ります。子は直系卑属なので請求できますが、附票は広域交付の対象外で、その子の本籍地の市区町村へ請求します(郵送可)。なお前妻本人の戸籍は、離婚した時点で他人にあたるため請求できません。遺言では住所ではなく氏名と生年月日で特定しておくほうが、引っ越しに左右されず確実です。
集めた戸籍は、そのまま公証役場での作成にも使えます。窓口で「出生から」と言わずに頼むと、今の戸籍1通しか出てこないことがあります。転籍が多い場合は数回に分かれることもあるので、離婚の記載が載っている戸籍まで遡れているかをその場で確認してください。
期限の目安:遺言に期限はありませんが、作れるのは判断能力があるうちだけです。逆に、遺留分侵害額請求には期限があり、相続の開始と侵害を知った時から1年、相続開始から10年で消滅します(民法1048条)。
遺言がないまま亡くなると、連絡が取れない相手を探すことになる
遺言がなければ、遺産の分け方は相続人全員の遺産分割協議で決めます。前妻の子も相続人ですから、その人を抜きにした協議は無効です。実際には次の順に進みます。
- 亡くなった方の出生から死亡までの戸籍を集め、前妻との間の子を確定する。ここで初めて存在を知るご家族もいます。
- 戸籍の附票から住所をたどり、手紙を出す。返事が来ないことも珍しくありません。
- 話し合いがまとまらなければ、家庭裁判所の遺産分割調停へ。
- そもそも行方が分からない場合は、家庭裁判所に不在者財産管理人の選任を申し立てるか、生死不明が7年続いていれば失踪宣告を検討する。いずれも数か月から年単位の時間がかかります。
この間、預金は凍結され、自宅の名義も変えられません。相続登記は2024年4月から義務化され、取得を知った日から3年以内という期限もあります。遺言を1通用意しておくだけで、この工程がまるごと不要になります。相続を平等に分けるという発想そのものの整理は相続を平等にするための基本ルールと実践的な7つの方法もご覧ください。
保険の受取人が前妻のままになっていないか
再婚した方の相談で、実際にかなりの確率で見つかるのがこれです。前の結婚のときに入った保険の受取人が元配偶者のまま。受取人は契約の記載どおりに決まるため、離婚しても自動では変わりません。今の妻に渡すつもりだった保険金が、そのまま前妻に支払われることになります。
証券を引っ張り出して、契約者・被保険者・受取人の3欄を確認してください。変更は保険会社に連絡すれば手続きできます。放置しやすいパターンは生命保険の受取人、そのままになっていませんか|元配偶者・亡くなった人・孫のまま放置する3つにまとめています。
よくある質問
養育費を払い終えていれば、相続権はなくなりますか
なくなりません。養育費は未成年の子を扶養する義務にもとづくもので、相続権とは別の制度です。何十年会っていなくても、親権が相手にあっても、相続人であることに変わりはありません。
前妻の子と「相続を放棄する」という約束を交わせますか
相続放棄は、亡くなった後に家庭裁判所へ申述して初めて成立するもので、生前に約束しても効力はありません。生前にできるのは遺留分の放棄で、これは家庭裁判所の許可が必要です(民法1049条)。本人が自分の意思で申し立て、放棄する合理的な理由と代償があると認められる必要があるため、実際に使える場面は限られます。
今の妻の連れ子にも財産を残したいのですが
方法は2つです。養子縁組をして相続人にするか、遺言で遺贈するか。養子縁組をすれば実子と同じ扱いになり、遺留分も持ちます。一方で子の頭数が増えるので、他の子の取り分は減ります。遺贈なら相続人にはならないまま財産を渡せますが、遺言がなければ何も残せません。どちらが良いかは、今の子との関係と財産の中身で変わります。
前妻の子が「認知した子」の場合も同じですか
同じです。認知された子は法律上の子であり、婚姻中に生まれた子と相続分に差はありません。かつては非嫡出子の相続分を半分とする規定がありましたが、2013年の民法改正で削除されています。
あわせて読みたい
- 相続を平等にするための基本ルールと実践的な7つの方法
- 生命保険の受取人、そのままになっていませんか|元配偶者・亡くなった人・孫のまま放置する3つ
- 相続における生命保険の扱いと遺留分の関係
- 遺言執行者は誰にする?専門家に頼むメリット・デメリットと選び方
- 遺言書の書き方【手書き】自筆証書遺言の例文と作成手順
本記事の制度・数値は2026年9月時点の情報です。相続分・遺留分の記載は民法900条・1042条・1044条・1046条・1048条、廃除は民法892条・893条、遺留分の放棄は民法1049条によります。生命保険金と特別受益の関係は最高裁平成16年10月29日決定を参照しています。個別の事情によって結論は変わりますので、実際の判断は専門家にご相談ください。贈与税・相続税の計算は税理士の領域です。