認知症対策や相続対策を調べていると、「家族信託」という言葉をよく目にするようになりました。柔軟に財産を管理・承継できる仕組みとして人気が高まっていますが、「万能な対策」ではありません。初期費用の高さや税務の複雑さなど、事前に知っておくべきデメリットもあります。
この記事では、家族信託のメリットとデメリット、費用相場を中立の立場から整理し、「どんな家庭に向き、どんな家庭には不向きか」の判断基準をお伝えします。よく似た言葉の「民事信託」との違いも、はじめに整理しておきます。当社の方針は、不要な方にまで家族信託を勧めることではありません。メリットだけでなくデメリットも知った上で、必要な場合にだけ選ぶことが大切です。費用の結論を先に書くと、愛知県内の事務所の公開料金ではコンサルティング報酬が33万〜48万5,000円、公正証書と登記まで含めた総額の実例が66万5,000〜100万円前後です。
家族信託とは?まずは仕組みを確認
家族信託とは、財産を持つ人(委託者)が、信頼できる家族(受託者)に財産の管理・処分を任せる契約です。たとえば親が自宅や預金を子に信託しておけば、親が認知症になっても、受託者である子が信託契約の範囲内で自宅の売却や預金の管理を続けられます。成年後見制度のように家庭裁判所の監督を受けず、柔軟に設計できるのが大きな特徴です。
認知症による口座凍結を避ける手段としても注目されています。凍結の仕組みそのものについては、認知症による口座凍結とは?で詳しく解説していますので、あわせてご覧ください。
民事信託と家族信託の違い|同じ仕組みの呼び方の違い
先に答えると、民事信託と家族信託は別の制度ではありません。どちらも信託法にもとづく同じ信託の仕組みを、使う場面に合わせて呼び分けた言葉です。信託法そのものには「民事信託」「家族信託」という言葉は出てきません。
| 呼び方 | 受託者になる人 | 営業として行うか | 主な使い道 |
|---|---|---|---|
| 商事信託 | 信託銀行・信託会社など | 営業として行う。信託業法の免許・登録が必要 | 金融機関が扱う信託の商品 |
| 民事信託 | 家族・親族、家族が運営に関わる法人、知人など | 営業として行わない | 財産の管理と承継 |
| 家族信託 | 家族(多くは子) | 営業として行わない | 民事信託のうち、家族が受託者になるもの。親の財産管理や認知症への備えに使われる |
日本弁護士連合会のガイドラインは、民事信託を「主として財産の管理・承継のために利用される信託」とし、当事者が家族や知人などで構成される信託を対象にしています。家族信託は、このうち家族が受託者になる形を指す通称です。事務所によって「民事信託」と書くところと「家族信託」と書くところがありますが、結ぶ契約の中身は同じです。
違いが実際に出てくるのは、誰が受託者になれるかです。信託の引受けを営業として行うには、信託業法の免許や登録が必要です(信託業法第3条・第7条)。そのため、司法書士や弁護士などの専門家が報酬を受けて受託者を引き受けることは、認められないと考えられています。家族信託で家族が受託者になるのは、こうした事情もあります。誰を受託者にするかは家族信託の受託者は誰にする?で整理しています。
家族信託のメリット5つ
デメリットを見る前に、家族信託でできることを確かめておきます。下の5つが自分の家の困りごとに当てはまらなければ、費用をかけて組む意味は薄くなります。
- 判断能力が下がっても、預けた財産の管理や売却を続けられる:受託者が契約で決めた範囲で、自宅の売却やアパートの修繕の契約を進められます。
- 家庭裁判所の手続きや監督を受けずに使える:成年後見のような申立てや、家庭裁判所への定期的な報告は要りません。チェック役が欲しい場合は、信託監督人を置くこともできます。
- お金の使い道を先に決めておける:毎月の生活費を渡す、施設の利用料を払う、といった使い方を契約で決めておけます。法務省のパンフレットも、老人ホームの利用料を確実に払う使い方を例に挙げています。
- 親が亡くなった後に受け取る人まで決めておける:信託が終わったときに財産を受け取る人を契約で決めておけば、その財産については遺言と同じように承継先を指定できます。ほかの相続人の遺留分との関係は、設計の段階で専門家と確かめます。
- 受託者の財産とは分けて守られる:信託した財産は、受託者自身の財産と区別して扱われます。法務省の説明では、受託者が倒産しても、信託財産は受託者の債権者による差押えの対象になりません。
メリットの1と4は、任意後見や遺言でも一部は代わりになります。家族信託でなければ難しいのは「判断能力が下がった後も、不動産の売却や建替えを家族の判断で進められる」点です。ここに当てはまる財産があるかどうかが、次に見るデメリットと比べるときの目安になります。
家族信託の主なデメリット
⚠️ 家族信託 5つのデメリット(早見)
1. 初期費用が高くなりやすい
最大のデメリットは、初期費用の高さです。専門家への設計・組成報酬、公正証書作成費用、不動産を信託する場合の登録免許税や登記費用などがかかります。愛知県内の事務所が公開しているモデルケースでは、信託財産3,000万円(自宅+預金)で総額およそ66万5,000円、7,000万円クラスで総額100万円前後(登録免許税を除く)。不動産を信託せずコンサルティング報酬だけで済むケースでも33万円前後が下限です。財産が大きい、不動産が複数あるといった場合はさらに上がります。ランニングコストは抑えられる一方、スタート時のまとまった支出は避けられません。
2. 受託者に大きな責任と負担がかかる
財産を預かる受託者(多くは子)には、信託財産を分別して管理する義務や、帳簿を作成する義務が生じます。家族とはいえ責任は重く、長期にわたって続くため、引き受ける側の理解と覚悟が欠かせません。受託者を誰にするかで家族間の感情的なもつれが生じることもあります。
3. 税務が複雑で、節税効果は限定的
家族信託そのものに直接的な節税効果があるわけではありません。むしろ、信託した不動産から生じる損失を他の所得と損益通算できないなど、税務上不利になる場合もあります。信託の設計によっては贈与税や相続税の課税関係が複雑になるため、税理士との連携が不可欠です。「家族信託をすれば相続税が減る」という誤解には注意が必要です。
4. 対応できる専門家がまだ限られる
家族信託は比較的新しい制度で、経験豊富な専門家がまだ多くありません。設計を誤ると、かえって家族が困る信託になってしまう恐れもあります。実績のある専門家を慎重に選ぶ必要があります。
5. 身上監護はカバーしない
家族信託はあくまで財産管理の仕組みで、施設入所の契約や医療同意といった身上監護は対象外です。身上監護まで必要な場合は、成年後見制度との併用を検討することになります。任意後見との違いや併用の考え方は、任意後見制度の費用はいくら?もご参照ください。
6. 不動産の赤字は、ほかの所得と相殺できない
信託した不動産から生じる所得は、受益者の不動産所得として申告します。ところが、信託から生じた不動産所得の損失は、税法上「生じなかったもの」とみなされます。ほかの不動産所得の黒字から引くことも、給与や年金などほかの所得と相殺(損益通算)することもできません(国税庁タックスアンサー)。アパート経営で修繕費がかさみ、赤字になった年でも、税金が減らない可能性があります。信託する財産に賃貸物件が入る場合は、事前に提携の税理士へ試算を頼むのが安心です。
7. 銀行によって、信託のお金の預け方が変わる
信託したお金は、受託者の個人のお金と分けて管理します。そのための「信託口口座」を作れるかどうかは、金融機関によって違います。普段の取引銀行で作れないこともあり、その場合は口座をどう分けるか、設計の段階から考え直すことになります。契約書を作る前に、使いたい銀行へ「信託口口座を作れるか、条件は何か」を確認しておくと、やり直しを防げます。
家族信託の費用相場と他制度との比較
まず家族信託そのものの内訳です。愛知県内で報酬を公開している事務所の料金と、法定の実費を分けて並べます。
自分の家がどのあたりに乗るかは、3点で見当がつきます。信託する財産の総額(料率がそのまま効きます)、信託する不動産の数(登記報酬と登録免許税が物件ごとに増えます)、受益者連続や信託監督人といった条項をどこまで入れるか(契約書作成の手間が変わります)。逆に、預貯金を少額だけ信託するケースは料率より最低報酬額のほうが効くため、財産を減らしても総額はあまり下がりません。
専門家に頼まず家族だけで進めた場合の実費(公証人手数料と登録免許税)の計算例と、公証役場・法務局・銀行・税務署のどこで何をするかは、家族信託の手続きと費用で整理しています。
表は一般的な目安です。家族信託は初期費用が高い分ランニングコストを抑えやすく、任意後見や法定後見は継続的な月額報酬がかかる傾向があります。任意後見の費用の詳細は任意後見制度の費用はいくら?で解説しています。口座凍結後の成年後見については凍結口座の解除・成年後見もご覧ください。
家族信託を始めるまでの大まかな流れ
家族信託を利用する場合の一般的な流れは、まず家族で目的と信託する財産の範囲を話し合い、次に専門家と信託の設計を固め、信託契約書を作成して公正証書化し、必要に応じて不動産の登記や信託用口座の開設を行う、というものです。契約内容は一度作ったら長く使うことになるため、家族全員が納得した形で進めることが大切です。各段階で誰が関わり、どこで費用が出るかは家族信託の手続きの流れ(6段階の表)にまとめています。
この過程では、「誰を受託者にするか」「信託しない財産はどう管理するか」といった論点を丁寧に詰める必要があります。信託しない預金については、別途代理人カードや任意後見で備えるといった組み合わせも検討されます。全体を見渡して設計することで、余分な費用をかけずに済むこともあります。
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その費用をかける必要が、うちにあるか
ご家族の人数と、だいたいの財産額を選ぶだけです。信託まで要るのか、もっと軽い手で足りるのかが順番で見えます。
後悔しないための判断基準
◯ 家族信託が向いている家庭
✓ 収益不動産・事業用資産があり柔軟に承継したい
✓ 受託者を任せられる信頼できる家族がいる
✓ 認知症後も自宅売却・資産管理を続けたい
✕ 向かない家庭(他の対策が有効)
✕ 財産の大半が預貯金で金額も大きくない
✕ 施設契約・医療同意など身上監護が中心
✕ 受託者を任せられる家族がいない
家族信託が向きやすいのは、収益不動産や事業用資産があり柔軟な承継をしたい家庭、あるいは受託者となる信頼できる家族が明確にいる家庭です。逆に、財産の大半が預貯金だけで金額もそれほど大きくない場合や、身上監護のニーズが中心の場合は、費用に見合わないこともあります。
当社の相談をもとに再構成した典型例として、次のようなケースがあります。80代の父が「認知症対策になる」と勧められ、預貯金中心の資産で家族信託を検討していましたが、詳しく伺うと財産の大半は普通預金で、施設費用の支払いが主な心配ごとでした。この場合、費用のかかる家族信託よりも、まずは代理人カードや任意後見の検討で十分という判断になりました。「勧められたから」ではなく「わが家に本当に必要か」を起点にすることが大切です。
まず何から始めればいいか
いきなり見積もりを取っても比べられません。先に決めるのは次の3つです。
①信託する財産の範囲:自宅だけか、収益不動産や預金も入れるか。不動産を入れると登録免許税と登記費用が加わり、初期費用が大きく変わります。
②受託者を誰にするか:帳簿を作り続けられる家族がいるか。ここが埋まらなければ家族信託は組めません。
③信託しない財産をどうするか:日常の入出金は代理人カード、施設契約や医療同意は任意後見、と役割を分けて考えます。
この3つが決まってから、複数の専門家に書面の見積もりを求めます。そもそも家族信託まで必要な家庭かを先に切り分けたい場合は、相続税・生前対策かんたん診断(無料・登録不要・1分)が目安になります。
今日の一歩:見積もりを取りに行く前に
どこへ聞くか
契約書の作成は司法書士・行政書士・弁護士のいずれでも扱えますが、不動産を信託するなら信託登記が必ず伴うため、司法書士が入る形になります。実績を確かめるなら、抽象的に「経験は豊富ですか」と聞くより、「これまでに何件組成しましたか」「信託口口座を開設できた金融機関はどこですか」の2点を聞くほうがはっきりします。信託専用の口座を扱う金融機関は限られており、実際に通した経験があるかどうかで差が出ます。
持って行くもの
固定資産税の納税通知書(課税明細)/信託を考えている預金の通帳/家族関係を書いたメモ/すでに遺言があればその写し。この4点があれば、初回でおおよその総額が出ます。
見積書を横に並べて見る6項目
- コンサルティング報酬(財産額の何%か、最低額はいくらか)
- 契約書作成の報酬(1に含まれるのか、別建てか)
- 公証役場の手数料(実費)
- 信託登記の報酬
- 登録免許税(実費。不動産を信託しないなら不要)
- 組成した後のフォロー(帳簿作成の支援、契約の変更、その費用の有無)
6番目を書いていない見積もりは、あとから追加費用が出やすいところです。総額だけを比べても差は分かりません。
進まないときの次の一手
受託者を任せられる家族が見つからないなら、家族信託は組めません。その場合は任意後見に切り替えて考えます。親御さんがすでに契約の内容を理解できない状態であれば、家族信託も任意後見も選べず、法定後見になります。
期限
日付の期限はありませんが、家族信託を組めるのは本人に判断能力があるうちだけです。迷っている間に選択肢が減る種類の対策です。
よくある質問(FAQ)
家族信託をすれば相続税は安くなりますか?
家族信託そのものに直接的な節税効果は基本的にありません。相続税対策は別途、生前贈与や生命保険の非課税枠の活用などと組み合わせて考える必要があります。個別の税額計算は税理士にご相談ください。
家族信託と成年後見はどちらがよいですか?
一概には言えません。柔軟な財産管理・承継を重視するなら家族信託、身上監護まで含めて包括的に任せたいなら後見が向きます。両者を併用するケースもあります。家庭の事情に合わせて比べて検討してください。
家族信託の費用はどのくらいかかりますか?
愛知県内の事務所が公開しているモデルケースでは、信託財産3,000万円(自宅+預金)で総額およそ66万5,000円、7,000万円クラスで100万円前後(登録免許税を除く)です。不動産を信託せずコンサルティング報酬だけで済むケースでも33万円前後が下限になります。ランニングコストは比較的抑えられます。実際の費用は依頼先や財産の内容で変わるため、複数の専門家から書面の見積もりを取って比べてください。
受託者になる家族がいない場合はどうすればいいですか?
信頼できる受託者が見つからない場合、家族信託は組みにくくなります。その場合は任意後見制度など、専門家が関与する仕組みの検討が現実的です。凍結口座の解除・成年後見もあわせてご参照ください。
民事信託と家族信託は、どちらを選べばいいですか?
選ぶものではありません。家族信託は民事信託の一つの形で、家族を受託者にする信託を指す呼び方です。事務所によって呼び方が違っても、結ぶ契約の中身は同じです。違いが出るのは、受託者を家族にするか、信託銀行などに任せる商事信託にするか、の部分です。
まとめ
家族信託は、本人が元気なうちに柔軟な財産管理・承継の仕組みを作れる、強力な選択肢です。一方で、初期費用の高さ、受託者の負担、税務の複雑さ、身上監護をカバーしない点などのデメリットもあります。「万能な対策」と思い込まず、不動産の有無や受託者の存在などを踏まえて、本当に必要かを見極めましょう。
参考にした公的情報(2026年10月時点)
- 法務省「知って活用 信託制度」 https://www.moj.go.jp/content/001459940.pdf
- 日本弁護士連合会「信託口口座開設等に関するガイドライン」(2020年9月10日) https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/activity/civil/shintakukouza_guide.pdf
- 信託法、信託業法、公証人手数料令(令和7年政令第263号による改正、2025年10月1日施行)
本記事は司法書士 今井 裕司(愛知第1112号/簡裁認定 第118116号)監修のもと、一般的な情報提供を目的として作成しています。個別の税額計算や信託の設計は、税理士・弁護士・司法書士などの専門家にご相談ください。
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