「じゃあ、うちは誰が受託者になる?」——生前対策の相談の場で、話がふっと止まってしまうことがあります。長男は仕事と子育てに追われていて余裕がない。次男は転勤で県外暮らしが長く、実家には頻繁に帰れない。長女は「お金の管理を私が担うのは、他の兄弟に角が立ちそうで気が引ける」と言う。誰が悪いわけでもないのに、話がそこで止まってしまう——家族信託の検討を始めたご家庭で、実はいちばんよく聞くのが、この「受託者を誰にするか」で立ち止まってしまうケースです。
✅ この記事の結論(30秒まとめ)
- 受託者になれる人に、家族内の続柄による制限はありません。法律上の欠格事由は未成年者のみで、成年被後見人・被保佐人も2019年の法改正で形式的な欠格事由からは外れています(ただし判断能力の面で実務上は難しいケースが多いです)
- 長男・長女が引き受ける必要はなく、複数受託者や、あらかじめ後任を定める予備的受託者の指定など、柔軟な設計が可能です
- 家族の中に適任者がいない場合は、一般社団法人や専門職を受託者にする選択肢もありますが、継続的な報酬が発生する点は事前に把握しておく必要があります
- 受託者には善管注意義務・分別管理義務・帳簿作成義務・報告義務が課されるため、引き受ける側の負担感も含めて検討することが大切です
「受託者になるのに資格は必要?」「長男じゃないとダメ?」「専門家に頼んだら家族信託の意味がなくなるのでは?」「もし受託者が先に倒れたら、信託はどうなるの?」——受託者選びで検討が止まる背景には、こうした具体的な疑問が整理されないまま残っていることが多くあります。この記事では、「誰が受託者になれるのか」「誰を選べばいいのか」という一歩踏み込んだ論点を、実務目線で整理します。
受託者になれる人・なれない人|法律上の条件
結論から言うと、受託者になれる人に家族内の続柄による制限はありません。信託法が明確に受託者になれないと定めているのは未成年者のみです(信託法7条)。財産管理という重い責任を、行為能力が制限された未成年者に担わせるのは適切ではないという考え方によるものです。
一方で誤解されやすいのが、成年被後見人・被保佐人の扱いです。以前は信託法上、受託者になれない人として明記されていましたが、2019年施行の「成年被後見人等の権利の制限に係る措置の適正化等を図るための関係法律の整備に関する法律」により、この規定は削除されました。つまり法律上は、成年被後見人・被保佐人であることを理由に一律で受託者になれないわけではありません。ただし実務上は、受託者には信託財産を自分の判断で管理し、金融機関や不動産会社とのやり取りを継続的に行う能力が求められるため、判断能力が十分でない方が実際に受託者を担うケースは多くありません。「制度上できるかどうか」と「実務上うまく機能するかどうか」を分けて考える必要がある、数少ない論点のひとつです。
また、受託者は個人に限りません。法人を受託者にすることも可能で、家族が中心となって設立した一般社団法人を受託者にするケースが実務では見られます。信託会社のような信託業の免許は不要とされていますが、これは家族・親族が主体となって管理する信託に限られた考え方で、法人の設立要件や運営体制については後述します。
家族信託全体の仕組みや、資産凍結を防ぐ効果については家族信託で親の”資産凍結”を防ぐ|アパート・自社株の信託と任意後見・成年後見との違いで詳しく解説しています。あわせてご覧ください。
家族の中で誰を選ぶか|長男・長女に限らず考える
「長男だから」「同居しているから」という理由だけで受託者を決めると、後になって「なぜあの人が」という不公平感が他の家族に残ることがあります。受託者選びで実務上重視されているのは、続柄よりも次の3点です。
- 信託財産の管理を、長期間にわたって継続できる状況にあるか(仕事・住まい・健康状態)
- 他の家族との間で、情報共有や説明を怠らずに続けられる関係性があるか
- 不動産や自社株など、専門的な判断が必要な財産がある場合、それに対応できる知識や専門家との連携力があるか
また、受託者は1人に固定する必要はありません。複数の家族を受託者にする「複数受託者」という設計もあります。各自が単独で代理権を行使できる方式と、共同でなければ行使できない方式があり、前者は1人が対応できない状況でも機能を維持しやすく、後者は互いに確認し合えるため不正防止につながる一方、手続きに時間がかかりやすいという違いがあります。
「自分が受託者を引き受けるべきか迷っている」という場合は、判断能力があるうちに一度立ち止まって、上記3点に加えて「引き受けた場合に生じる帳簿作成や報告といった事務負担を、今の生活の中で継続できるか」を確認してみることをおすすめします。義務の詳細は後述しますが、想像以上に事務的な負担があることは、引き受ける前に知っておいて損はありません。
「信頼して任せられる人を誰にするか」という判断は、任意後見の受任者選びと似た論点があります。子ども以外の家族や専門家に任せる場合の考え方は任意後見受任者を子ども以外(甥・姪・友人・専門家)に頼める?選び方の基準でも整理していますので、あわせてご覧ください。
家族以外(専門家・信託会社)に頼むという選択肢
家族の中に適任者がいない、または家族に負担をかけたくないという場合、家族以外に受託者を依頼する方法もあります。主な選択肢は次の3つです。
家族信託の”低コスト”という特徴は、無償または低額で家族が受託者を引き受けることを前提にしている面があります。専門職や信託会社に依頼すると、契約時の費用に加えて継続的な報酬が発生するため、この点は依頼前に必ず確認しておきたいポイントです。費用全体の目安については家族信託の費用相場はいくら?目安と内訳でまとめていますので、あわせてご確認ください。
なお、賃貸不動産や自社株など、専門的な判断が必要な財産を信託する場合は、家族だけで抱え込まず専門家と役割分担する形も選択肢になります。アパート経営者が家族信託を組む際の受託者選びの勘所は家族信託でアパート経営を”止めない”|賃貸オーナーの資産凍結対策で解説しています。
受託者が倒れたら?予備的受託者・第二受託者を決めておく
家族信託を組む際、見落とされがちなのが「受託者本人が病気や認知症、あるいは死亡した場合にどうなるか」という備えです。受託者が信託事務を行えなくなった場合、次の受託者があらかじめ契約書で指定されていなければ、信託事務が止まってしまう、あるいは関係者間の調整に想定より時間がかかることがあります。
この備えとして実務でよく使われるのが「予備的受託者」「第二受託者」と呼ばれる仕組みです。信託契約の中に、主たる受託者が対応できなくなった場合に備えて、あらかじめ後任者を指定しておきます。予備的受託者を決めておけば、主たる受託者が対応できなくなった時点で、信託事務を引き継ぐ流れを契約書上ではっきりさせておくことができます。
「まだ元気だから」と先延ばしにしがちな部分ですが、受託者自身の高齢化や体調変化への備えは、本人が信託契約を結ぶ判断能力を持っているうちにしか対応できません。受託者を決めるタイミングで、あわせて予備的受託者も決めておくことを強くおすすめします。
受託者に課される4つの義務
受託者は、信託財産を管理する大きな権限を持つ一方で、信託法上いくつかの義務を負います。引き受ける前に、負担感も含めて把握しておきたい内容です。
- 善管注意義務(信託法29条2項): 良識ある管理者として、注意を払って信託事務を行う義務
- 分別管理義務(信託法34条1項): 信託財産を、受託者自身の財産や他の信託財産とは分けて管理する義務(不動産は信託登記、金銭は信託専用口座を使うのが一般的)
- 帳簿等作成義務(信託法37条1項): 信託財産に関する帳簿や書類を作成し、保管する義務
- 報告義務(信託法36条): 委託者や受益者から求められた場合に、信託事務の処理状況を報告する義務
受託者を引き受けたご家族から契約直後によく相談されるのは、「自分の判断が本当に正しいのか、誰にも確認してもらえない」という孤独感です。他の家族から「その使い方で合っているの?」と聞かれたときに、自信を持って説明できる材料(帳簿・領収書・報告の記録)を普段から残しておくと、この不安はかなり軽くなります。孤独感や不正防止への不安が大きい場合は、契約書に「信託監督人」(受託者の事務を客観的にチェックする役割の人)を置く設計も検討されています。
この記事が向いていない方
一方で、次のような場合は、この記事で扱う「受託者選び」の前に、別の検討が必要かもしれません。
・すでに本人の判断能力が低下しており、契約行為が難しい状態の場合 → 家族信託は本人が契約を結べることが前提の制度です。この場合は成年後見制度の利用を検討することになります
・受託者を誰にするか以前に、家族信託そのものを組むべきかを検討している段階の場合 → まずは家族信託で親の”資産凍結”を防ぐで、制度の効果と限界を確認することをおすすめします
・すでに専門家と相談し、受託者と予備的受託者を契約書に落とし込み済みの場合 → 本記事で新たに確認する内容は少ないかもしれません
セルフチェック:受託者選びで立ち止まっていませんか
以下の項目のうち、いくつ当てはまるか数えてみてください。
- 家族の中に、信頼して財産管理を任せられる人が思い浮かばない、または候補が複数いて意見が分かれている
- 賃貸不動産や自社株など、専門的な判断が必要な資産がある
- 受託者になってほしい人が遠方に住んでいる、または高齢・持病があるなど、長期間の対応に不安がある
- 受託者になった人だけに権限が集中することについて、他の家族が不公平感を感じている
- 予備的受託者(受託者が対応できなくなった場合の後任)をまだ決めていない
該当数による目安
0〜1個: 受託者選びの方向性はある程度固まっていると考えられます。記事内の資格要件や義務の内容を、契約書に落とし込む段階で確認する程度で十分でしょう。
2〜3個: 判断が必要な論点が残っています。家族以外に頼む選択肢や複数受託者の設計も含め、比較しながら検討することをおすすめします。
4個以上: 家族内の話し合いだけで結論を出すのが難しい状況です。専門家を交えて、選択肢を整理しながら進めるほうが早い場合が多くあります。
よくある質問(FAQ)
長男・長女でなくても受託者になれますか?
なれます。法律上、受託者になれる人に続柄の制限はありません(信託法7条が定めるのは未成年者を除外する規定のみです)。財産管理の実務に向いているか、長期的に対応できるかを基準に選ぶご家庭が増えています。
家族の中で受託者を決められない場合はどうすればいいですか?
一人に絞れない場合は、複数の受託者を置く「複数受託者」や、専門職・一般社団法人を受託者にする方法もあります。まずは何を判断基準にするかを家族内で整理するところから始めると、話が進みやすくなります。
専門家に受託者を頼むと、家族信託の”低コスト”というメリットがなくなりませんか?
専門職や信託会社に受託者を依頼すると、継続的な報酬が発生するため、家族が無償で担う場合と比べてコストは増える傾向があります。ただし、不動産管理や複数の金融機関対応など専門知識が必要な場面では、費用をかけてでも安定した管理体制を優先する判断も合理的です。ご自身の資産状況に照らして比較することが大切です。
受託者は途中で変更できますか?
信託契約にあらかじめ定めておけば、受託者の辞任・解任や後任者の指定について柔軟に設計できます。何も定めていないと、変更の際に関係者間の合意形成など、想定より手間がかかることがあります。だからこそ、契約時点で予備的受託者まで決めておくことが重要です。
受託者に指定されたけれど、引き受けたくない場合はどうなりますか?
受託者への就任を強制されることはありません。契約締結前であれば辞退でき、契約後であっても信託法上の手続きに沿って辞任することが可能です。ただし後任者が決まっていないと信託事務が滞ってしまうため、予備的受託者をあらかじめ決めておくことが望ましいです。
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本記事は司法書士 今井 裕司(愛知第1112号/簡裁認定 第118116号)監修のもと、一般的な情報提供を目的として作成しています。個別の税額計算や信託の設計は、税理士・弁護士・司法書士などの専門家にご相談ください。
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